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「最後の台峯歩き」の続き [台峯を歩く]

市の整備工事が始まったので、いつも通りの台峯歩きは最後であると書いたのは昨年の11月でした。その後参加していませんでしたが、これまでと同様毎月歩ける部分を歩いているとの事なので、暫くぶりに出かけることにしました。
このところ冬と夏が混在したような不安定なお天気ですが、昨日は冬晴れの晴天で冷え込みました。
入り口にはネットに工事中の看板、そして今は沼の水抜き中との事、特に通行を禁じているわけではなく工事現場に近づかないようにということなので、それを避けながら歩くのである。
いつも通りに入ると、すぐ右側の林の中一行は入っていき、しばらく行くと少し開けた部分に出ました。山坂の多い台峯、ここは珍しく平坦な部分が多いので広場として活用してはどうかと市に要請したいのだとの事、この辺りは昔畑だったようで、地面も柔らかいようでした。昨日ボランティアの人たちが藪などを刈り取ったらしく、工事が始まっても歩くというのは、ただ工事の進行を見張るというだけではなく、このようにプラスになるように進言する意味でも有効なのだと納得したものです。
引き返して元の道に出て、見晴らしの良い「老人の畑」でいつも通り休憩すると、そのまま尾根筋をずっと歩き、左手に北鎌倉女学院のテニスコートの2辺に沿うように歩み、そのままだらだらと坂を下っていくと、やがて山崎小学校のグラウンド脇に出てきて、今日はここが解散の場所となりました。
いつもの場所よりは、私にとっても少し帰路が近くなりました。
工事のせいとはいえ、これまでとは別のコースを辿るのも、まんざらではないと言い合いました。

最後の台峯歩き [台峯を歩く]

長らくご無沙汰していました。
昨日はまた福島沖で大きな地震があり、大震災の余震だとか、まだまだ油断はならず、日本中あちこちが揺れ動いているようで、世界もまたトランプ旋風をはじめ大きく変わっていきつつある人間社会ですが、ただ自然だけは変わらぬ歩みを見せ、紅葉が美しい季節になりました。
そんな紅葉(黄葉)を眺めながら、今回が最後になるだろうという台峯を歩いてきました。

しかし最後というのは、これまでのコース通りに歩くことは最後ということで、これまで通り、歩けるところだけは歩くという方針であり、この「台峯を歩く会」は存続するということです。
というのも来月から市による公園整備の工事がはじまるからです。
工事が始まり重機などが入ってきても、日曜日は休むでしょうから、それら工事現場を避けながら歩けるところを歩くわけで、その工事が適切であるかどうかを見守っていく意味からでも必要だということなのでした。
それで今回以降は、台峯の自然が守られるようにうまく整備がなされているか、モニタリングの意味も込めて歩くことになります。

さて今回の参加者は11名の少数でした。この辺りの紅葉(黄葉)はこれからというところでしたが、ケヤキの紅葉と黄葉、エノキやアカメガしワの黄葉、またカエデやハゼの紅葉などが見られましたが、この日(20日)は、小春日和で青空が広がったので、とても気持ちのいい歩きとなりました。
でも今でこそ鎌倉の紅葉と冠された言い方をされるけれど、実は昔の林は常緑樹が多く、広葉樹もケヤキやエノキなどで、鮮やかな黄や紅に色づく樹々は少なかったのでという。だんだん林も観賞用にになっていき昔のように暮らしに密着したものでなくなったからだろう。
樹々だけでなく、草紅葉があちこちで見られ、ヤマイモの黄色が鮮やかでミゾソバの茎も赤く染まっていました。


梅雨の晴れ間の台峯歩き [台峯を歩く]

今年は少雨の梅雨のようで、水瓶が心配されます。
台峯歩きの昨日も、曇り空ながらときどき日も射す蒸し暑い一日でした。
私はさぼりたい気持ちを励ますようにして参加してきました。
やはり集まりは悪く、11人でした。
この季節の花は、ねむの木の花、カラスザンショウの木の花、また花が咲くと葉が白くなるハンゲショウ(半夏生・半化粧)。道端や木陰にはダイコン草やミツバ、ウマノミツバ、ミズヒキソウ、セリの花、ヤブラン、ヤブミョウガなど。我が家にもみられるものも多いのですが、皆でお喋りしながらが楽しみです。
今年も3回ほど蛍を見る夕べもありましたが、さぼってしまいました。
毎月同じところを、草や花の名を教わりながら歩くのに、なかなか覚えられないのは嘆かわしいことです。今回も花が咲いていないので、葉っぱだけを見てもなかなか名前がわかりません。
ニガナも前にネットで検索したりしたのに、忘れていました。今回はムラサキニガナの花が咲いていたので、これはちゃんと覚えよう!  
また独特の姿をしたガマの花(実はちくわ型をしたところが雌花で、その先の細く針のように突き出したものが雄花とのこと)は、残念なことにまだ穂が出ていませんでした。ただ、この辺では珍しいというトンボ草というのが木陰にありました。これも教えられなければまったく気が付かないものです。
また案内者のKさんが大好きだというクマヤナギという蔓草、それに似ているけれど新芽が独特の形をしているエビ蔓など、普通だったら見向きもしないような草むらの蔓にも面白さを教えられます。
さて今回、大変珍しい光景に出会いました。出口辺りにカラスザンショウの大木があるのですが、その太い幹を歩き回っている2匹のおタマムシがいたのです。タマムシ自体も最近はなかなか見られなくなっているのに、またその辺りに這い回っていることも変だと眺めているうちに、それが産卵をしようとしているのだと分かりました。そしてお尻を上げそこから針のようなものを出し(産卵管)、幹に突き刺しているのが、目視でも観察できたのです。一回だけではなく、何度か繰り返されました。
象の足のように固い幹によく刺さるものだと思えるのすが、不思議です。これはめったにお目にかかれないもので、皆大いに満足して今日は別れを告げました。

初夏の台峯(様々な問題をかかえながら・・・)を歩く [台峯を歩く]

熊本 本震から1カ月の今日、雨は九州から降り始めこちらも今晩から雨になりそうですが、
昨日の日曜日は爽やかな晴れの1日でした。
まだ暫くは強い振動が続くという 被災地を思いやりつつも台峯歩きを楽しんできました。

実はこの辺りもまた、違った問題で揺れています。
例の北鎌倉「緑の洞門」開削問題です。歩く前にその件での報告があったので報告しておきます。
先日の4月7日の神奈川新聞の論説・特報にも大きく取り上げられたということですが、落石の危険があるということで山ごと切り崩す工事を決定したことに対して(これへの反対運動は以前から行われていて署名も集めていたのですが)、専門家や隣接する円覚寺も声を上げているということでした。

さてこの時期は、華やかな花ではなく地味なスゲやイネ科の植物観察が中心になります。また花も樹木の花でスダジイ(椎の木)の花が盛りで、強烈な匂いを放っています。この木とタブの木が鎌倉を代表する大木・老木との事です。
またスゲやイネ科の花や実も地味そのものですが、Kさんはこれらの植物が大好きなのですから少し変わりものですが、説明を聞くとなるほどと思ったりもします。
スゲの仲間には、シラスゲ、ジュズスゲ、ヤワラスゲ、そしてKさんが大好きだというマスクサ、確かにこの草は髪の毛のようなしっかりとして柔らかな感触と艶があり、茎の部分はプクッとした実が間隔をおいて付いていて、この一株を鉢にでも移植して飾るとなかなか風情がありそうなのです。
イネ科では、イヌムギ、トボシガラ、昔の髪結いを思わせるカモシグサ、また昔の野遊びを偲ばせるカニツリグサ、ドジョウツナギ、そしてスズメノカタビラなど。
きれいな花がなかったわけではなく、卯の花や匂いのいいスイカズラ、5弁の小さな黄色い花びらを持つニガナなど、そして最後の行程で菅原の真ん中にあるノイバラの大きな株に、スゲをかき分けながら近づいてみるとちょうど花が満開で、バラの原種と言われるこの花の香りに皆感動、その近くにはヤブデマリ(白いガクアジサイに似ている)の群生もあり、花も堪能できたことになりました。

さて最後になりましたが、この台峯に隣接する緑地(テニスコートになる計画があった)が、緑ショップなどの努力で買い取ることができ、残されることになったということです。このように鎌倉のあちこちでは様々な問題が起こり続いています。

台峯のモミジを愛でながら歩く [台峯を歩く]

快晴になった今朝は、一番の冷え込みとのことでここも外は4度でした。
年末なので参加者は12,3人ぐらいでしたが、歩くのにはちょうどいい人数です。
ここも来年になるといよいよ一般公開するための整備にかかるので、このままの姿の見納めになります。そのために今日は市の公園課の人が一人参加、Kさんからいろいろ説明を聞きながら一緒に歩いてくれました。これまでもKさんをはじめ理事の方々は市と話し合いを続けていたので、なるべく今の状態を残しつついい形で整備が行われるのではないかと期待しています。

さて今日はやはりモミジが眼玉です。もう終わったところもありますが、この辺はまだ十分残っていて今年は特に色合いがいいとのことです。イロハカエデ(最近ここでは増え始めている)などは、一本の木の葉が青、黄色、赤、それぞれに染まるグラデーションを見せ、コナラやクヌギの褐色もというより黄色がかった鮮やかさになったりして、例年になく美しく特にそれらが青空を背景に映えています。
赤い実のマユミやアオキなども例年になく実が多いそうです。それらを愛でながら見晴らしの良い「老人の畑」に近づくころ、カラスザンショウの大木に出会います。この木は人間にとっては厄介者で、役には立たないのに伸びるのが早いので一番先に切られてしまう、それでなくても斜面などでは頭でっかちになり倒れてしまう代物ですが、幸いそこは広い平坦地なので、のうのうと枝を伸ばし大木になってしまっているのです。
今、その木にたくさんの実がついています。名の通りサンショウに似ていますが、あまり匂いはしません。実はその黒い実が鳥の好物で、ここにたくさんの野鳥がやってくるのです。今日もお天気が良いせいかたくさんの小鳥たちの姿が見られました。メジロ、ルリビタキ、カシラダカ、エナガなどが飛び交っていました。人間には嫌われ者でも鳥たちには大きなご馳走のテーブル! なのです。
「老人の畑」から横須賀線線を挟む六国見山から円覚寺、東慶寺を望む紅(黄)葉の丘陵を眺めて休憩、その後谷に降りて、ハンノキのある湿地帯と池、せせらぎの音を聞きながら出口に向かいました。
この辺りが整備されるとそれほど高くはないものの堤防を造らざるを得なくなるようでした。


秋の台峯歩き(日本ミツバチの運命は?) [台峯を歩く]

秋晴れが暫らくは続きそうな連休の初日、台峯歩きに参加してきました。
今回のカラーコピーの資料は、秋の昆虫:バッタ、コオロギ、キリギリス類です。
これらは里山の草地の環境指標となる昆虫だと言われています。この中でもバッタとキリギリスはどちらも草地にいて姿も色も似ているので、どちらがどちら?と私はよく分かっていませんでしたが、バッタは草食で、飛び跳ねることが多く、キリギリスはコオロギと同様雑食で、バッタのようには飛び跳ねないそうです。触角が短かいのがバッタで、長いのがキリギリスやコオロギ。またコオロギやキリギリスと違ってほとんどのバッタは鳴かない。目撃できたのは、オンブバッタ(雌)、ショウリョウバッタぐらいでしたが、そのほかにもフキバッタ、クルマバッタ、ツチイナゴ(イナゴもバッタなんですね)など。
キリギリス類は、クサキリ、オナガササキリ、ウマオイ、クビキリギリスなど。
コオロギは、我が家にも入ってきて、鳴き声も耳にしましたが、これは多分ツヅレサセコオロギでしょう。その他エンマコオロギ、オカメコオロギ、そしてマツムシやカネタタキ、クサヒバリもこの仲間らしく、また一時大変な勢いで増えていたアオマツムシもこの中に入るらしいのですが、最近は声を潜めた感じです。あまりの早く秋が来てしまったからでしょうか。
野の花はあまり多くはありませんが、ツルボ、ヤブラン、ヤブミョウガの花、あちこちに蔓延っているミズヒキソウの類(紅白だけでなく金も銀もそろっていました)、また色々なタデ類、黄色い小花のダイコンソウ、そして白くて細長い花びらが清楚なセンニンソウ(蔓)などが目立ちます。

さて、7月に日本ミツバチの巣が乗っ取られようとしていると書きましたが、やはり小さな蜂の必死の抵抗も無残な結果で終わったようでした。その巣穴を覗き込もうとした人が、急に穴から飛び出してきた大きな蜂に、もう少しで刺されそうになってしまいました。その大きさから言ってどうもスズメバチのようでした。
出口近くにほぼ鈴なりになっていた、蔓状のスズメウリという小豆くらいの白くて小さな瓜が鈴なりになっているのに(白くて小さな花も咲いている)慰めながら今日の行程を終えました。

台峯歩き(日本ミツバチ・西洋ミツバチのバトル) [台峯を歩く]

梅雨明け早々猛暑になった昨日、日陰の山道を歩く方が部屋にいるよりも却って涼しいのではと台峯歩きに行ってきました。
ゲンジボタルやヘイケボタルを観る機会もさぼっていたからでもありました。
熱中症にならないように水分を時々補給しながらゆっくり歩きます。今田んぼは青々した稲をそよがせていて、その上をシオヤトンボが飛び交い、ハルゼミも鳴き始めていました。

今はネムやカラスザンショウの花が咲いています。ハンゲショウ(半夏生)はもう終わっていました。
今回のプリントには、蝶がいろい紹介されていて、主としてそれらに目を留めながら歩きました。また夜に飛ぶことの多い蛾との区別は外国にはないらしいです。でも私たちの区別も、綺麗な方が蝶で、蛾のほうが地味で劣っていて、また触角の違い、止まるときに羽根を閉じるのが蝶、蛾は広げたままなど確かに区別の基準はあるものの、厳密に言えば当てはまらないものもあって、確かな線引きは難しいのだそうです。
時々草むらに立ち止まって蝶を探したりします。一番鎌倉らしい蝶だという ジャ香アゲハ(羽根が黒ぽく尾に黄斑、腹が赤く、低いところをゆっくり飛ぶ)や江戸時代までは九州にしかいなかったのに明治になって関東にも生息するようになったというナガサキ(長崎)アゲハ、7月上旬の多いという並アゲハ、黒い羽に白い紋をつけたモンキアゲハ、羽根を広げると綺麗な瑠璃色になるのに閉じた裏側は地味な褐色をしているルリタテハなどアゲハ蝶の仲間や、数週のジャノメチョウを目撃しました。ヒメウラナミジャノメ(姫 裏波 蛇の目)など、成程よく名付けたものだと思えるような長い名を持つものも、教えられなければ区別できません。

見晴らしの良い「老人の畑」の、風通しの良い高い木々の日陰でいつものように休憩を取った後、
今はハスの花が咲いている沼への道をたどったのですが、その途中、日本ミツバチの巣のある木の洞近くに来た時、タイトルに書いたようなバトルに遭遇したのでした。
その巣を狙って西洋ミツバチが乗っ取ろうとしているようなのです。
2匹ほど、黄色い大きなミツバチがその樹の周りを飛び回っていて、その侵入を防ごうと巣穴の周りに小さな日本ミツバチ(蠅くらいの大きさで、色も地味な灰色っぽい)が何十匹も集まり固まって一斉羽根をばたつかせているのでした。その羽根のばたつかせ方はリズミカルで一斉で、しばらく見とれていました。大きな強い西洋ミツバチを一匹でも巣に入れたらひとたまりもないでしょう。それを必死に防ごうとしているのです。その賢明な努力に思わず、その周りを飛び回っている西洋ミツバチを追い払ってやりたくなりましたが、そういう事も出来ないまま、日本ミツバチの巣の無事を祈りながらそこを通り過ぎるしかありませんでした。その戦闘の結果はこの次にここを通った時に確かめられるでしょう。
日本ミツバチがんばれ! 

幻のドキュメンタリー映画『戦ふ兵隊』を観る [北窓だより]

「鎌倉・映画を観る会」の30周年記念として上映されたこのドキュメンタリーを見に行った。
これは1938年、日中戦争が泥沼化していく中、戦意高揚のため陸軍省の後援で製作されたものにも拘らず、内容があまりにも厭世的・反戦的であるため上映禁止となり、そのフイルムが発見されたのが1975年だったという幻の名作である。
今年は戦後70年、この国がまたいつか来た道をたどるのではないかという懸念が生じている現在、
戦争について改めて考えてもらいたいという気持ちからの上映という。
上映前20分に着いたのに空席は少なく、上映時には全席満員となるという有様で関心の深さも感じられた。

監督の亀井文夫は、当時の戦争映画とは違う映画を作ろうという気持ちがあり、撮影で中國人と触れあう中で「戦争で苦しむ大地、そこに生きる人間(兵隊も農民も)、馬も、一本の草の悲しみまでも逃さず記録することに努力した」という。
まさにそんな内容で、勇ましい戦闘の様子はほとんどなく、部隊が通過した後の村の様子や、戦火に追い立てられて避難していく難民たちの流浪の長い列など、また兵隊側も野営地で戦死した兵隊の火葬や弔いラッパや卒塔婆、残された背嚢から出てきた家族からの手紙や写真などで、「戦争と生命との悲痛な関係を」鋭く見つめ、記録し続けることで、戦争の非人間性に迫っていこうとしている。
最初のシーンは道祖神の祠に長い祈りを捧げる中国農民、また日本兵の部隊が通過したあと、その焼け跡に呆然とたたずむ家族たちの姿である。
そしてラストシーンは、長い闘いと行軍の果てに疲れ切った兵隊たちの、石像のように身動き一つなく深い眠りに入っている姿である。これが編集により短くなっているというが、その群像が静かに映し出されて終わる。
またナレーション、解説がなく、ただそのシーンに短いタイトル・表題をつけただけで(侵略していく道筋として簡単な地図で示される)、ほとんどが同時録音と音楽(古関裕而)で構成されていて、それを観る者の判断や気持ちにゆだねようとしている。
戦闘の場面がないわけではないが、それは機関銃を打つ兵士の顔のアップとか、広い荒野の、砲弾の飛び交う中を進んでいく兵士たちの俯瞰とか、前線に駐屯する中隊司令部のテントの中などで、勇ましい兵士というよりまさに戦場の臨場感が伝わってくるものである。
また軍が行進していった後、行軍に耐えられなくなったため捨てられていった病馬がたった一頭、崩れるように倒れていく姿をカメラで追いかけている。まさにここには人と馬との区別なく、戦争と命の悲痛な関係の実証がある。

この武漢攻略の最後に、やっと漢口にたどり着くのだが、街に軍隊が軍靴を響かせながら行進して続々と兵隊の群れが入ってくるシーンに胸が圧迫される思いがした。占領とはこういうものなのだという思いである。
そして、確かに戦いに敗れ、占領されたが、また国土は焼け野原となり原子爆弾を落とされたが、沖縄は別としてこのように他国の軍隊が自分たちの街の中に入り込んでこられた経験はなかったのではないかという思いである。アメリカ兵が駐留してきたのは終戦後の事である。
空襲では、アメリカ兵の顔が見えるまでの至近距離から爆弾を落とされたとしても、軍隊そのものが軍靴をとどろかせて街中に入ってきたのではない。それを受け入れる側の気持ちを身に染みて感じることができないのかもしれない。「歴史認識」が足りないと言われるのも、それを味わったことのなかったゆえに、それを受け入れる側の惨めな気持ちを心から(体感的に)感じることができないのではないだろうか、と漢口の街の広場にあふれるように集合する兵隊たちの姿、その一画で奏でられる勝利の演奏曲などの場面を見ながら思ったのであった。

出会いと別れの季節(台峯を歩く) [台峯を歩く]

春と冬が入りまじり、変転さだまらない日が続きます。
昨日も、時々薄日のさす曇り空だと言われていたのに細い雨がちらついたりした一日でしたが、いつもの台峯歩きに出かけてきました。
北陸新幹線が開業し、トワイライトが姿を消すなどと、この季節は出会いと別れのある時期ですが、植物たちにもそれを実感させられながら歩いた一日でした。

草花の芽吹きの時期です。冬枯れした草の脇から生まれてきた新しい芽や葉を、まだ去りやらぬ冬の寒さから身を守りながらも、しっかり生きようとしている姿が見られるからです。
ハルジオン、オニタビラコ、ムラサキケマン、ノゲシ、などなど・・・、でもこれらが小さなわが庭に出てくれば、みな抜き取らねばならないものたちばかり・・・ですが。でも見落としそうな、また見分けのつかないそういう小さくて地味な草を見ながら歩く姿はあまり良いものではないし、また身体にもよくないので、そういう時は空を見上げて鳥の姿を探しましょうとKさんが言います。
見上げた空には木のてっぺんに止っているモズ、空を舞うトビ、木間を飛び交うアオジやゴジュウカラ。そしてカシラダカやベニマシコもですが、私はその姿をとらえるのがへたで、全部を見ることはできませんでした。それでもウグイスの声が聞けた(少し前から鳴いていたそうですが、私にとっては初音)のは嬉しかったです。鳥たちはもうちゃんと春を感じているのでした。

さて、そういう訳で花はこれからなのでほとんどありませんが、でも小さい、また地味なものはちゃんとあります。筒状の先端を5弁に開くウグイスカグラ、匂いのいい黄色の小花を沢山咲かせるヒサカキ、同じようなオニシバリ、また葉も花もとても小さいヒメウズ(花はオダマキに似る)、簪のようなキブシの花など。またそろそろスミレ類も。また地味の極限のようなヒメカンスゲ(姫寒菅)は、スゲの中でも早春に咲くのですが、葉が細く、黄色いブラシのような穂は触るととても柔らかく気持ちが良いのでした。
どんな草でも大切にするKさんですが、生態系を乱す外来種、特に最近はヒメオドリコソウ(姫踊子草)は在来種の春の七草にあるホトケノザを滅ぼしかねない勢いであることを懸念して、それを見ると退治せずにはいられないようです。確かにこのコースでも路傍のちょっとした土があればすぐさまはびこってしまう勢いで、出口辺りではそれに協力して草取りとなったりしました。



バッハの「ミサ曲」と台峯歩き [北窓だより]

真っ白な富士がくっきり見える週末、友人が属している合唱団が出演する演奏会を聴きに杉並公会堂まではるばる出かけました。
曲目は『ロ短調 ミサ曲』、バッハ最晩年の遺言ともいえるこの曲は、オーケストラから合唱、ソロの各パートを揃えての、壮大で緻密な複雑な構想を持った2時間近く27曲にも及ぶ長丁場の曲で、ミサ曲と言うものを堪能させられた思いがしました。
ミサ曲の内容には聖書全体が要約されているとのことで、神の憐れみを乞う声々から始まり、神の御子イエスの出現からその受難、イエス・キリストの十字架と復活、それによって全ての人々を救いに招かれるという御業を示し、それにより真の平和が与えられるということをこの全曲で表現しているとのことです。 
全くの素人の私は、耳を傾けつつも渡された「曲目解説・歌詞対訳」を眺めながら、一曲ずつ巧妙に、オーケストラやソロや合唱の組み合わせを変化させていくその進行に、ついていくのが精いっぱいという感じで、まさにこの曲は、教会の大伽藍のようだと思わせられました。
そしてつくづくキリスト教の奥深さ、緻密さ、大きさと言うものを思わせられました。音楽でもその進行の世界を、建築にも劣らぬほどの表現で実現しようとしたのではないだろうか、とも感じました。
そういう音楽がこの国にはあるだろうか。またそういう信仰(?)があるだろうか。少なくとも私にはないのでした。つくづく私はキリスト教の世界からは遠い気がしました。ミサ曲もただ、音楽として鑑賞しているだけですから。

そして次の日の日曜日、台峯歩きの日でした。少々疲れていましたが、あまりに良い天気なので(日本海側や北海道では記録的な大雪で雪崩など大変のようですが)参加してきました。今はほとんど花がないので、今回はシダ類を中心に観察しながら、参加者も少なかったですが、陽射しは温かくちらほら咲き始めた梅のような凛とした空気は気持ちが良く、楽しい歩きになりました。
シダ類の種類は1万種ほどあり、この辺では1000種ほどが生息しているとのことで、プリントされている種類は20数種ですが、それを見分けるのもなかなか難しいです。でもそれぞれをゆっくりと眺めると、その手触りや色合い、艶や形などは様々でそれを観察していくとこれまではわが庭ではいつも邪魔者として見境なくむしり取っていたそれも、もっとよく眺めようという気持ちになります。
鳥はモズ、カシラダカ、アオジ、そしてここに渡ってきたのは13年ぶりだと理事の人が感嘆していたベニマシコが見られました。
シダ類でさえその世界に踏み入れてみるとそれぞれが微妙で、複雑な姿と変化を遂げています。
同じところを歩き続けていても、その姿の長い歴史とその変化は予想できないものを秘めています。
まさに自然そのものが、一種の大伽藍、カテドラルのようなものだと思わずにはいられません。
この国の多くの人は無信仰、と言うより自然教だという人がいますが、自分も自然の中の一個として、自然に抱かれ自然を崇拝しているようにも思え、一神教であるキリスト教と比べてしまいます。

一体宗教とはなんだろう? とバッハ『ロ短調 ミサ曲』を聴いたり台峯を歩きをしながら考えたものです。


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