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黄色い毛虫を飼う [北窓だより]

<毛虫の飼育日誌>

7月7日朝、カエデの葉に一匹の毛虫を見つける。
このカエデは最初から紅色をした葉をしているので、そこに黄色の毛虫を発見した時、その美しさが目に付いた。長さ3センチほどだがその毛は細くて黄金に近い感じなので、つい枝を折って家に持ち込んでしまった。
少しも動かないので死んでしまったかと思ってそのままにしていたのだったが、翌日見ると、姿が見えないので慌てた。黄金の毛だけが、なぜか脱ぎ捨てたように置かれていたので、脱皮したのか?など思うと同時にその毛が繊細で美しいので、これは羽衣だ・・・などとつい美化してしまったりした。綺麗な蝶になるのかも・・・と。

あちこち探しまわり、もしかして何かで潰してしまったのではないか可哀そうなことしたと思っていると なーんだ、近くを這っていたのだった。生きていることを確認し、そうすると飼ってみようという気になり一輪挿しのカエデの葉に戻し、この日からスチールの洗い篭で一番大型のをその上にかぶせて観察することにしたのだった。

それからは毎日新鮮な葉を入れてやったが、昼間は死んだように動かない。しかし朝にはたしかに葉は食べられでいて、その色と同じ色の糞が散らばっている。夜、食べるところも観察したが、まさに蚕のような口で咀嚼していく。糞は乾いてコロコロしていて汚い感じではない。前に青虫を同じように育てたことがあるので、この後蛹になるのだと思いながら毎日眺めていた。

ところがこの話をある人にしたところ、そういう派手な毛虫は毒蛾になるのだといわれてがっかりした。
殺した方がいいのだろうか、また殺すべきなのだろうか・・・。しかし毎日葉を新しくして眺めて来たので情のようなものがわき、殺せないのだった。しかし少々疎ましい感情が出てきたのは確かである。
悪魔の子を孕まされるという筋の映画があったのを思い出す。腹の子が悪魔だと知ってもそれを殺せず(そういう人間の母性を悪魔は利用したのである)その醜悪でおぞましい赤子が産まれて来たときも、本能のように乳房を含ませようとする場面があった。そのように私も毒蛾を育てることになるのか・・・・

どうなるのだろうと怖さもそれからは感じながらそのまま育てているうち、丁度10日目の17日、朝見ると繭が出来ていた。スチール篭の側面に自分の長くて黄色い毛を使って薄い4センチほどの繭をつくり、更にそに中に身の丈ほどの繭を少し濃い目に作っていた。すなわち二重の繭の中に入ってしまっていた。
最初も自分の毛を脱ぎ捨てたように見えたが、そんな自分の毛を使って繭を作るとは・・・と器用さに感心する。それもなかなか綺麗である。

何時羽化するか・・・それが少々気がかりだった。毒蛾が出現したらどうしよう?
恐る恐る毎朝それを点検する日がつづいた。中はだんだん蛹色が濃くなっている感じ、頭部が出来つつある感じ、微動だにもしないのに内部では劇的変化をしているにちがいないことに不思議な思いを抱く。そして一昨日28日の朝、見てみると繭の上に一匹の蛾がいた。
それは止まって動かない。生まれたとたんミイラになったのかもと思われるほどであった。
夕方になってもそのままだある。てっきり死んだのだと思ったが、夜露に当てるべきだと言われ、庭の草むらに夜中そのまま篭を伏せて置くことにしたのだった。

さて、その蛾の姿と言えば、全体が生成りの布のような白っぽい色をして体長3.5センチほど、羽は少し細長く止まっているときは蝉のようにつぼめた感じ。白い羽には薄く細い焦げ茶の筋が横じまとなって2本。昼間は全く動かないので、(夜どんな風にしているかほとんど分らない)危険な毒蛾とは思えずちょっと安心した。

そこでこの蛾の正体についてですが、私の蝶類図鑑には出ていないので、図書館に調べに行きました。そこでピタリと分ったわけではなく大体の感じからですが、どうもヒトリガの一種であるようです。ドクガというのではなさそうで、またその害は毒針によるらしいので、毛虫の毛に触らなければ大丈夫のようです。昼間は蛾になった今でも全く動かず、羽を触ってもビクともしません。手さわりはいいのです。
しかしかつて問題になった、アメリカシロヒトリもこの仲間なので、これも蔓延ると庭木を食い荒らす害をなし、退治するのに大変だと言われたこともあって、自分の手で殺すのは忍びがたいので今夜にでも少し遠くに放してやりに行くか(カミツキガメではないので、一匹ぐらい害にはならないだろう)・・・・などと思っているところです。それにしてもデジカメもケイタイも持っていないし、ここに取り込むことも出来ないので、こんな時言葉だけの説明ではどうにもなりませんね。
ほぼ20日間の飼育記録でした。
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「母たちの村」を観る [北窓だより]

フランス・セネガル合作のこの映画を「岩波ホール」へ観にいった。感動的な映画であった。
いまだにアフリカに残っている「女性性器切除(女子割礼)」の風習に、一人の女性が立ち上がり最後には村の女たちがこぞって拒絶していく物語で、事実にも基づいている。
私たちには到底考えられず許しがたいこの風習については、ずいぶん前に読書会でも取り上げているが、最近もそれを拒絶してアメリカに逃れ、その体験記を著したと新聞に紹介されていたのを目にもしていた。その体験記によると、その有様は「4人の女に押さえつけられて、ナイフで外性器をそぎとられる。麻酔も消毒もない。両足を閉じた格好でぐるぐる巻きにされ、傷口がふさがるまで40日間、ベッドで過ごす。ショックや感染症、出血多量で命を落す人もいる。同一視されがちな男子の『割礼』とはずいぶん違う」とある。

この風習は50余りあるアフリカの国々のうち、現在でも38カ国で行われているという。行わなければ結婚も出来ず差別される。こうした伝統はアフリカ社会における男性優位と一夫多妻制を維持するためのものと思われるが、女性の中でもそれを宗教的伝統として是とする者もいることは、長い歴史を持った制度だけに仕方ないことである。(中国で行われていた纏足でもそうである。これは男性が女性の足を性的な愛玩物としたいがため、また愛妾たちに逃げられないため、女を閨の中に閉じ込めておきたいがために作り出した男性の美意識によるものであって、それは女性の美意識まで影響しているのである。天下の美女楊貴妃も纏足をしていた。)
この「女性性器切除」(略称FGM)廃絶は「世界女性会議」にも持ち出され、支援運動も広がっている。

さて前置きが長くなったが、この舞台は西アフリカの小さな村が舞台。そこでの風景と村人たちの日常生活が映し出されているので、アフリカのことはほとんど知らない私には新鮮で楽しかった。緑は豊かだが乾燥した黄色い土地におとぎ話の村のような土造りの家々、円筒形の貯蔵庫、中心には大きな蟻塚とこの土地独特のハリネズミのように黒い棘を出した白い土造りのモスクが象徴として存在し、鶏の声がして牛や犬も人間と共にうろうろして、その中で女たちがいそいそと働き、子どもを育てている。女たちが着ている物は皆カラフルで、村に一つの露天の店先には色とりどりのjシャツにまじってブラジャーやパンティが翻り、薬缶までもがカラフルな縞々なのだった。
その村に、かつて自分の娘に性器切除を拒否した女性(コレ)の下に、それから逃げ出した女の子が4人保護を願って頼ってきたことから端を発する。その行為を「モーラーデ」と言い、原題はそれである。それはちょうど日本で言えば駆け込み寺のようなもので、有力な人のところに駆け込んで保護を願い、それを受け入れれば、それが始まり、入口に綱を張り結界として、そこから出なければ、どんな有力者も手が出せないという、古い掟があるのである。しかし女の身で、第二夫人、しかも夫の旅行中にそれを始めるのは決死の覚悟がいる(第一夫人もかげながら支援するが)。
そして最初は割礼を行う女たち、男たち、最後は長老や夫の兄たち、また少女たちの親たちからでさえそれを解くようにさまざまな圧力がかかる。圧巻は帰ってきた夫が、最初は理解を示しながら一度も女を殴ったことがないという優しい人柄であるにもかかわらず長老や兄に責められ、「それは我々の名誉を汚すものだ、夫として権威を取り戻さねばならない」と言われて鞭を手渡されたとき、初めてコレに鞭を振り上げ、綱を解くと言葉を発するまで叩き続けるところである。
コレは最後まで声を上げない。次第に男たち(割礼行為の女を含む)と女たちの対立がくっきりしてくる。
黙っていた女たちがいっせいにコレを励まして声を上げるのである。そうしてこの後全員で長老の前に押しかけて、今後は全員拒絶すると宣言するのである。
いま大筋だけを辿ったが、コレが割礼させなかった、年頃の娘と副村長のフランスから帰ってくる婚約者(彼我の落差などもあって面白い)の婿の話や、露天商と村人、特に女たちとのやり取りやら、女たちから情報の元であるラジオを全て取り上げて燃やすこととか、いろいろ話はあってドラマとしても面白かったが、はじめはこの映画は女性の監督だと思ったのに男性で、しかも15本も作品のある85歳だというのも驚きであった。(ウスバン・セルベーヌ監督はアフリカ映画の父といわれ、あらゆる権力と戦い、常に勝ち抜いてきた英雄だと尊敬されている人だとのことである)
このような映画なのでいろいろ感じたこと考えることもあるがここでは最後に特に感じたことを少し。

先ず、映画では女たちの働く姿がいろいろ出てきたが、そのとき男たちはどうしているのだろうと思った。
もしかしてモスクで祈るか、自分だけラジオを聴くか、パイプをふかすか・・・?
するとパンフレッドにちゃんと書いてあった。アフリカでは女性の方が多く働き、男性は畑用の土地を開墾すると、後はせいぜい除草を手伝うくらいでその他はほとんど女性によってなされているのだという。子育てから力仕事まで全部。女性は一日中労働し続けで、だからそんな女性を多く持つことが富につながっているのだという。多妻を持つのは経済のためなのだ!そして女性性器を切断して性交を苦痛なものにすれば、浮気を防ぐだけではなく、快楽を求めることも出来ないので労働に専念できる!何という巧妙な策略だろう。大昔からそれは男の知恵だったのだ!

次に、人間らしい心を持ったコレの夫が、鞭を手にして妻を打擲する決心をしたのは、兄から言われた言葉、男の権威、名誉を汚すことを許してはならないと言う一言である。すなわち、これこそが人と人を戦わせる言葉なのではないかと私は思い、これこそが今もって戦争へと男を駆り立てるものではないかと思うのであった。いまアフリカでは部族紛争が絶えない。いや中東然り、あらゆるところに・・・・。そういう男の原理で国も動いているような気がするのである。

最後に「アフリカは『母性的』だと思います。」という、監督がインタヴューにこたえている内容のなかで、心惹かれた部分があったのでそれを紹介することで終わることにします。
『アフリカ人男性は、母親という観念をとても大事にします。自分の母親を愛しますし、母に誓いを立てます。また、母親の名誉が傷つけられてしまうと、息子たちは自分自身の存在価値をも傷つけられたと感じるのです。アフリカの伝統によると、男には本源的な価値はなく、母親より価値を与えてもらいます」
人類のルーツを探るとアフリカの一人の女性に辿りつくと、どこかで見た気がする。今こそ人類はそういうアフリカ精神の大本を思い出すときかもしれない。
ところでサッカーのWCでフランスのジダン選手がイタリアの選手に頭突きをした事件、それは母親と姉を侮辱されたからだと言う。ふっとそのことを思い出してしまった。
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梅雨空の下「ゾリステン コンサート」に出かける [北窓だより]

今日もまたどんよりとした空の下、時折雨が降っている。梅雨明けは8月になるかも・・・と告げている。
こんな日々の続く昨日、弦楽器のソリストたち16人ほどで構成されるこの合奏会を聴きに出かけ、さわやかな気分になって帰ってきた。
しかし、記録的な豪雨によって、少し前には長野など中部日本、また今は鹿児島など南九州で川が氾濫し道路も鉄道も水面下に没したり、山や崖が崩れて家が押し流され死者も出ているのを見聞きするにつけ、何か申し訳ない気になったりする。欧州では記録的な暑さで、パリなども40度近くにまで気温が上がり、死者も出ているとか。確かに世界的に最近は異常気象がつづき、これらも地球温暖化の一つの現象かもしれないが、とにかく自然というのは人間の手に余る、頗る厄介なものだなということを痛感させられる。

90歳になるまでこんなことは経験したことがないと語るお年寄り。しかし被害にあった人たちの多くは、ただ早く雨が止んでくれることを願うだけ・・・と静かにつぶやくだけである。これだけ人類が進化し、科学が発達し、近代化し、国が豊かになり国力もあるのに何の為すすべもないのである。
アメリカ南部を襲ったハリケーンだってそうだ。
こんな時先日TVで「人間の脳に潜む 地球破壊のメカニズム」という内容で養老孟司が秘境でそれを解明する番組を思い出す。すなわち「脳」という知(理性、意識的、合理的な解釈、「ああすればーこうなる」という因果関係、すなわち科学、近代的思考)の発達は、人間を「肉体」という感性(五感、意識下、非合理、混沌、未開といわれる、もやもやした部分)から人間を解き放ち、人間に秩序や合理性を味わわせ、それが脳に快感を与えた。そして脳はどんどんその方向に進むのであるが、それこそが自然破壊、地球破壊につながっている、と解くものである。脳ばかりを発達させて、自然である肉体の声を無視するためにストレスなどが生じると同様、環境の場合も、「脳」に当たる「都会」に対しての「緑」、「田舎」の都市化が進み、すなわち近代文明の発達、近代化、コンピュータ化が発達しすぎてしまっているゆえに地球破壊の方向に進んでいるとというのであるが、これらは今までも言われてきたことであろう。
しかしその中で私の心に残ったことがあり、これも当然のことかもしれないが、自然(肉体)は決してコントロール(征服、支配)はできず、それと対話するしかないという言葉である。すなわち、自然には人間の論理や理性で測れるような因果関係、ルールなどはなく、それを知るにはただ対話をするしかない、その声を聞くしかないということである。「秘境」の人々はそうしながら生きて来たのである・・・と。

「台峯を歩く会」のKさんが常に言うのもそのことであった。この自然をどうしたらいいのか、その答えは直ぐには見つからないと。自然はその土地土地によって全て違う。年によっても違う。だから学者の説も研究も、参考にはなってもこの場所に全て当てはまるわけではない。いつもいつもこの自然と付き合うことによって、どうしたらいいか考え、試行錯誤していくしかないのだ・・・・と。(昔の人は生活の中でそれをやってきたのでした)それが「里山」の「手入れ」だと。しかし役所の管理下に置かれるとそうは行かないであろう。しかしこれは別の問題なのでこの辺で終わります。

閑話休題。
こんな風に依然とつづく梅雨空の下、コンサートに行ってきました。内容は「真夏に聴きたい名曲集」と銘打ってモーツアルトを最初と最後に置いた、いずれも楽しくさわやかな曲、それに身を浸しながら脳も身体も共に快感を味わいながら帰ってきたのでした。
   モーツアルト(ディヴェルティメント ニ長調 K.136)
   ヴォルフ(イタリア風セレナード)
   ヴィヴァルディ(協奏曲集「調和の霊感」から第8番 イ短調)
     休憩
   バーバー(弦楽のためのアダージョ)
   チャイコフスキー(アンダンテ・カンタービレ)
   モーツアルト(セレナード第6番 ニ長調 K.239 )

この家も丘の中腹にあります。この下の町は、床上浸水したことがありますし、このあたりも崖崩れの危険が常にあります。そうならないようにと、これからの梅雨空に向かって祈るしかありません。
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青田と半化粧 鳥・蝶・蝉たち [台峯を歩く]

第3日曜日なので「歩く会」の日である。猛暑が続き、蛍を見たことで十分満足してサボろうと思ったのだが、曇り空で少し気温も下がったようなので、思い切って参加することにした。昨日の暑さの中、今日の日のために歩く道の草刈をして下さった方々(これも毎月前日に行われ、そういう人たちの地道な努力によってここが残ったのである)には誠に申し訳ない。良いとこ取りばかりしている会員なのだから。

最初は暑さのためか集まりが悪いようだったが、初めての人もかなりいて、30人近くになったようだ。その中にはNHKの趣味の園芸を担当していたマチダテルオさん(?)とその友人5人もいて、彼らは人間が造った美しい財産を見て歩くことを続けているそうで(例えば石垣の美しいさなど)、ここもその一つと思って早起きをして東京からやってきたのだという。近郊にこういう自然そのままな谷戸がまだ残っていたのかと感嘆して帰っていかれたようであった。

この日は八雲神社のお祭りの日で、歩いていく道すがら神輿に出会う。
2つの田圃はまだ健在で、80センチぐらいに育った青い稲がすがすがしかった。その上をオオシオカラトンボ(ここにはシオカラよりも少し大きいこれが多いと言う)がすいすいと飛ぶ。これは雄だとのこと。それぞれ縄張りを持っていて、それを守りながら雌がくるのを待つのだ・・・と。

鳥の声はウグイス、ホトトギス。ホトトギスはもう終わり頃だとか。どこへ帰っていくのかな・・・ウグイスはまだ残り続ける。今回はかなりの鳥がウォッチできました。見晴らしの良い尾根筋では、木のてっぺんでしきりに囀っているホホジロ、枝伝いに歩いていくコゲラ、蛍を鑑賞した池ではカワセミ(まだ羽が茶色に近いオレンジだから幼鳥だと教えられる)。声だけはコジュケイ(これは我が家でも聞こえます)。

花は白いヤブミョウガ、黄色いダイコンソウ、ヒヨドリ花、薄い紫色はヒダケサシ(?)、合歓の花はもう終わりごろだが、場所によってはまだ盛りで美しい木も・・・。真っ赤なカンナが群生しているのは老人の畑と呼んでいるところで、これは人が植えたものである。その向こうのカラスザンショウの花はブロッコリーみたい。
蛍の夜にも白く映えていたハンゲショウ(半化粧)に昼間にお目にかかる。誠に不思議は花である。白い蓼のような花が咲くころ、葉っぱが半分お化粧したように白くなる。これは花が地味なので昆虫を呼び寄せるための作戦ではないかとか・・・・。

それらの花の上を蝶も飛び交い、ここに多いモンキアゲハ、クロアゲハなど。蝉のニイニイゼミが鳴き始めていた。最近、昔はいなかったナガサキアゲハガよく見られるようになったのは、やはり温暖化のせいであろうと。

その他特筆すべきものは、樹液が出る大木が少なくなった中にまだそれを出して、クワガタもくるらしい洞にはカナブンが集まり、また同じような谷戸の薄暗いところの大木の洞にはこの間も見た野生の日本ミツバチも風の唸りのような羽音を全体で立てていた。

水中には蛍の餌になるカワニナやマシジミの姿もあり、道端ではシュレーゲル蛙という小さな青蛙も見ることが出来た。
灰色の空からは少し雨もぱらついたり、薄日が射したり、谷に入ると涼しい風も吹いてきて、歩くにはちょうど良い空模様となりました。
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『夢の痂(かさぶた)』を観る [北窓だより]

井上ひさしの「東京裁判三部作」シリーズの3作目とのこと(演出:栗山民也)だが、戦争責任を考える上で、「日本語」自体に焦点が当てられているらしいことを新聞の劇評で知り観に行こうと思った。
ところがまだ中(なか)日にもなっていないのに全日程満席と言う。当日売りかキャンセルしかない。井上ひさしの劇は評判が高いことは知っていたが、やはり新聞に紹介されたからであろう。民芸の場合でも、そんなときだけは補助椅子が出たりする。どちらかと言えば真面目で真摯な民芸に対して、コメディー仕立てで面白おかしく物の本質に迫ろうとする井上劇は前に『円生と志ん生』を観たが面白かった。

何とかして見たいものだ、せめて台本だけでも読みたいと思ったが(よく文芸誌にそれが掲載される)、まだ出ていないようだった。ここで言ってしまいますが、実は『すばる』8月号に載ったばかりで、それが劇場で販売されていました。こんなことを言っているのですからもちろん私は切符を手に入れたわけです。キャンセルを狙い、まだ日にちはあることだから毎日でも電話をしようと思っていたのですが、運良く二日目に取れました。初台にあると言う新国立劇場は初めてでした。

当日は出かける日が続き疲れていたこともあって、最初は少しうとうとしてしまったところもありましたが、だんだん面白くなり目もぱっちりしてきて引き込まれ、笑ったりもしながら最後では大きな拍手を送りました。
井上氏は言葉へのこだわりがあって、そこに私も興味が引かれます。この作も「東京裁判」の一環として、「戦争責任をあいまいにしてきた庶民の心性そのもの」(新聞評)を、底から見つめようとするものですが、それは日本語という言葉に拠るところが大きいと言う点に、大いに興味がありました。この問題は言葉に関わるものとして常々考えていることですが、問題は大きく、ここで論じるわけには行きませんが、劇の中で言われていることを簡単に言うと、日本語には主語がない、主語「が」が省かれることが多く、状況「は」によって物事が決まる、だから「が」の責任は問われることなく、「は」の状況によってクルクル変わることができる・・・。そして「は」という状況の中に、主語の「が」を捨てて隠れることができる といった(言語学や文法的な硬い内容の)ことを、敗戦後人間宣言をした天皇の地方巡幸という舞台設定で劇に仕上げているのはなかなかのものです。それをビジュアル化したものが屏風という発想も面白く、元大本営参謀で自殺を試みるが命をとりとめ、今は古美術商をしている男(角野卓造)が商う古い屏風の数々です。天皇はもちろん金屏風で、ご巡幸のリハーサルをするという筋書きの中で、天皇の責任についても追求されているのですが、これは新聞には取り上げられないでしょう。
状況というのは、場です。
  「金屏風でおごそかな場、簾屏風でくつろぎの場、枕屏風でやすらかな眠りの場、・・・・・・私たち日 本人は、屏風を使って、一つの座敷をいろんな場に変えるんだよ。昔立っていたのは天子さまの屏風、今立っているのはマッカーサー屏風、だからそこは民主主義の国、自由自在なんだ。」と。


 もちろん劇はそういう論理的なものだけでなく、時代風俗や色恋沙汰もまじえつつ歌と台詞で楽しませられますが、最後はどんなことがあっても続いていく庶民の日常の大切さ、それに希望を託しつつ(「日常生活のたのしみのブルース」)最後にこう歌わせて幕を閉じます。
    「この人たちの
     これから先が
     しあわせかどうか
     それは主語を探して隠れるか
     自分が主語か
     それ次第

     自分が主語か
     主語が自分か
     それがすべて」
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蛍が飛んだ! [台峯を歩く]

9日(土)は、「台峯を歩く会」の今年二回目の蛍を見る会でした。これまで一度も参加したことがなかったので、今年こそはと思っていたのでした。雨天の場合は中止。でもこの日は梅雨雲に覆われてはいましたが、雨は時々ぱらつく程度、決行ということになりました。

いつもの出口に当たるところに6時集合。そこから谷戸に入り、蛍の発生しそうな水辺をゆっくり散策しながら眺めようというもの。6月下旬の前回はやはり雨もよい、蛍はまあまあだったという。
一昨年はたくさん出たが昨年は少なかったそうだ。参加者は子どもも入れて17,8人ぐらい、20人以内に抑えている。

皆が集まるのを待つ間、ホトトギスが鳴き、暮れはじめてくるとヒグラシが鳴きだした。
ああ! 今年初めて聞く声! と私は思い、誰もがそうだと頷く。家の近くではもう少し遅く、梅雨明けの頃である。この声を夕暮れに聞くと、ああ いよいよ本格的な夏だなあと思い、なぜか心の底に寂しさがにじんでくる。

6時半、いよいよ谷戸に入ろうという頃からポツポツ雨が降り始めた。しかし木立の間なので傘をさす必要はない。ただ雨だと蛍は飛ばないだろうと恐れるのであった。水辺に半化粧の花が咲き、葉も白く夜目にも浮き上がっている。この花がこれだけになるのにも10年かかった、と案内者のKさんが言った。今年は一体に花の時期が遅れ、これもそうだというが、見られた私たちには運がよかったことになる。
前回よく飛んだという最初の水辺、それから又歩いて次の水辺。ここでせっかく来たのだから少しお勉強しましょうと言われ、先ず、3つの注意、(1)蛍を抓まない事。(2)蛍に懐中電灯の光を当てない事。(3)煙草を吸わない事。次に、その生態について簡単に教えられる。

ここの蛍は、正真正銘ここ生まれの、ここ育ちである。養殖したり、他所から幼虫や蛹などを連れてきたりしたものではないということ。だからそれだけ自然環境に微妙に左右されるのである。
光る蛍が見られるというのは、繁殖期ということだが、ここで交尾した蛍が卵を産むのは、水辺の枯れ木などの生えたミズゴケだという。だからそういう類のものが水中になければならない。それらが見苦しいからと取り払ったりすると(役所や管理会社に任せると、ともするとそんな考えをする)産卵場所を失うことになります。さて孵化した幼虫はずっとこのジュクジュクした湿地で暮らします。それから岸辺の柔らかい土に潜り込んで蛹になるのだという。固い土では潜り込めない。だから多くの人で土手が踏み固められたり、木道を作ったり、コンクリートで補強されたりすると全滅である。今私たちも、きっと何匹かの蛹を踏み潰しているでしょうとKさんは言う。それが羽化して、今日のこのときを迎えるのである。

7時になった。もう一つ奥のポイントがあるが、今日はここで待って見ましょうと、亭々とそびえるハンノキが立ち並ぶ開けたところに私たちは佇んで待っていた。雨は降っているが、広がる木々の枝が大きな傘となってあまり感じられない。雨宿りする感じである。何かが飛び込む水の音。ウシガエルの声も聞こえてきた。そのとき、ア、光った!と誰かが叫んだ。どこどこ?と言っている内に、私にも見えてきた。はじめはほんのチラホラと、水滴がキラリと光るような小さな煌きが闇の中に見えた。それからあちこちで光り始め、最初は少しも飛ばないようだったが、次第にそれらが飛び始め、だんだん高く低く、こちらに向かっても飛んでくるようになって、あたかも暗黒の舞台上での蛍の舞踏を眺めている感じになりながら静かに興奮した。
今ここにいるのはヘイケボタルとのこと。ゲンジボタルの方が少し時期が早い。光はゲンジの方が強く、ヘイケは弱い。しかしこの日、ゲンジと思われるものも何頭(ホタルは匹ではなく、頭で数える)かいた。やはり少し季節は遅れているのだそうだ。だが私たちは両方が見られて、幸運である。

大体一時間ぐらいで光の饗宴は終わるという。30分ほどそこにいて私たちは又歩き出した。最初の水辺に来た時、幼い女の子が蛍を捕まえたという。柔らかい掌に飛び込んだらしい。その柔らかい掌で飛び立ちもせず光っている。では、ちょっと我慢してもらってと、Kさんが懐中電灯をそっと当てて皆に姿を見せてくれた。平たい西瓜の種を少しふくらませた位の大きさと色。ヘイケはゲンジの3分の2の体長。

それから私たちは各自蛍のように光で足元を照らしながら列を作って入口にまで引き返した。行く手に見える民家の灯火が、くぐもった中にぼんやりと幻想的に浮かび上がってくる。まるで別天地に行ったようなひと時であった。命の神秘とその美に感謝しつつ、来年もまた蛍と出会えますように、互いの出会いもまた期待しながら8時半過ぎに解散する。雨は上がっていた。
 
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民芸『エイミーズ・ビュー』を観る [北窓だより]

もう一週間近くたってしまったが、紀伊国屋サザンシアターでこれを観た。
題は日本語にすると「エイミーの考え」と言うことで、エイミーが子どもの頃、自分で印刷して近所に売り歩いていた新聞のことである。そんなしっかりした考えのエイミー(河野しずか)と彼女が尊敬してやまない舞台女優の母親、エズミ(奈良岡朋子)の母と娘の物語である。と同時にエイミーの夫となり、後にTVで代表されるマスコミの世界で成功していくドミニック(境賢一)との芸術上の対立のドラマでもある。
父子と違って、母娘には絶ち切れぬ関係が最後まで続き、愛が深ければ深いほどその愛憎は深くなる。一方、舞台芸術に固執しTVを軽蔑する母親と、その世界で成功の道をひた走る夫との間に立って、それを何とか和解させようとするエイミー、その信念は「愛」であるが、バブル期を経て16年間に夫婦の間は破綻し、エイミーの自死ではないが突然の死という結末に至る。
奈良岡朋子は、舞台で自分の職業の女優の役は初めてだそうだが、この役は経歴はもちろん現在の状況に通じるところがあり、水を得た魚のように思い切り演じているようだ。
TV、マスコミの発展の中で、果たして演劇は死に瀕しているのか・・・?

そこで、パンフレッドの中にある作家恩田陸さんの文章に共感を覚えたので、それを紹介することで結びとします。
 「この作品は、1997年のものだが(イギリス=筆者注)、現在のヘア(作者)はどう思っているのだろうか。21世紀を迎えた今・・・まさにテレビもマスコミも死につつあるこの状況を?  「死んだ」と断定したがるのは、常に男たちである。特に現代のきな臭く不安に満ちた世界では、男たちは世界を終わらせたくて仕方ないように思える。しかし、女たちが芝居を演じる限り、誰も死なないし、演劇も死なない。先ずは、女は産んで育てるところから始めるからだ。—そもそも苦労して自分が産んだものを、おいそれとは殺せないし、死なせない。もしかすると、「母と娘たち」の時代(=いまや息子に多く期待せず、むしろ誰もが娘を頼る時代になったと言うこと)は、終わりたがっている世界が意識下でSOSを求めている時代かもしれない。」
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「ヨコハマメリー」を観る [北窓だより]

まだ横浜で上映している、良かったですよ、と水野さんに教えられて見に行った。
一時は行列ができるほどの混雑だったようだが、館も変わり平日なのでゆったり観られた。

横浜の街に戦後から最近までずっと一人で立ち続けた米軍相手の娼婦の半生の物語で、戦後の街の映像やインタビューなどで構成したドキュメンタリー。
顔を真っ白に塗り、白いドレスを着ていたことから、人々から奇異の目で見られ、注目されていた。私は見かけたことはなかった。しかし関心はあって、新聞記事を切り取ったこともあり、それはこの映画の前に女優の五大路子さんが、彼女をモデルにした一人芝居「横浜ローザ」を公演していた頃の話で、メリーさんを知る人を訪ねてインタビューをするTVのドキュメンタリー番組の紹介であった(98.8,9)。もちろんこの話も映画には取り入れられている。その当時も、すでに街からは離れ、老人ホームで暮らしているとのことであったが、今度の映画では、そのホームまでカメラは追いかけており、と言うより彼女に親友のように接し交流もしたシャンソン歌手の永登元次郎さんが訪ねるという結末があり、それが或る感動をもたらす。
五大さんのお芝居のフィナーレで、感動した観客は「五大さーん!」でなく、「メリーさーん!」と言って触ろうとするのだと、五大さんが熱っぽく喋っていたのも印象的だった。それは新聞のリードに「『ハマのメリーさん』軸に横浜の戦後裏面史たどる」とあったように、その背景には横浜の戦後の庶民史と復興によって変わっていく街の姿かあり、それへの人々の愛惜と共感があるからであろう。

私は見かけたことがないが、ハマっ子の徳弘康代さんはよく見かけたらしく、「ペッパーランド」の今号にそのことを取り入れた詩を書いている(メリーさんその人をではなく、一つの点景としてである)。

             しあわせおばあさん
       
          −略ー
        むかしこの街に
        まっ白く化粧した白いドレスの
        しあわせおばあさんがいた
        メリーさんと呼ぶ人や
        シンデレラおばあさんと
        呼ぶ人がいた
        街角にすっと立っていて
        ほとんど動かなかった
        もうシンデレラおばあさんは
        いないけれど
        高島屋あたりに立っていたことを
        覚えている人は少なくない
        あのおばあさん
        どうやって暮らしていたんだろう
         -略ー

その立ち姿には、不幸だとか惨めだとか哀れなどという言葉をはね返すほどの毅然としたものがあったのである。横浜という地は、大空襲にさらされ、敗戦になったときは厚木基地に降り立ったマッカーサーが宿泊したのが横浜のホテル、それに象徴されるようにその後米軍の町になっていく。いわば戦後の日本を象徴する町の一つ、そこで娼婦とはいえ一人、気位高く生き続けた生涯であった。
どうやって暮らしたかも映画を見るとすこしは分り、又どこで寝泊りしたかも分ります。

戦後という混乱期の舞台で十分に自分の役を演じきったメリーさんが、実は故郷に帰ったということも初めて知った。その引退先の老人ホームで、真っ白い仮面を脱いだその素顔の美しさには感動すら覚えた。
元次郎さんの歌う「マイウエイ」、まさにメリーさんの生涯そのものを歌ったようなその歌詞(それは元次郎さん自身にも重なる)に頷きながら聞き入るその顔は、周りのお年寄りたちの中でも際立っており、輝きを帯びているようにさえ感じられたのである。
まさに「しあわせおばあさん」の顔であった。
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