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「菊池洋子 ピアノリサイタル」に行く [北窓だより]

最近ピアノに人気が出ているそうだが、日本にも若くすぐれたピアニストも輩出しているようだ。
先日この「国内外で活躍をしている才色兼備のライジングスター」と紹介されている菊池洋子のリサイタルを聴きに行った。
実は、フォルテピアノとモダンピアノの2台を使っての演奏というので、大変興味がそそられた。今TVでもピアノの歴史を紹介している番組があり、またモーツアルトもそのピアノの変遷期を生きた音楽家であったので、ほんの少しだが知識も出来たからである。
当然のようだが、曲にはモーツアルトが入っていた。
一部は、
 モーツアルト:ピアノソナタ ニ長調 K.311
         きらきら星変奏曲 K.265
         ピアノソナタ イ短調 K.310
これをフォルテピアノで演奏。フォルテピアノについても演奏家自身による簡単な説明があった。
きらきら星はよく知られた曲だが、単純な楽しいメロディーがこんなにさまざまに変奏、変幻されていくものよ、とモーツアルトが演奏しているのを想像させるような楽しく巧みな演奏だった。

二部は、
  武満徹:雨の樹素描
  ブラームス:ヘンデル主題による変奏曲 Op .24
これはモダンピアノ使用。
両方並べて聴くとその違いが良く分って面白かった。やはりフォルテピアノはきらきらした宮中での演奏などが浮かんでくるようで優雅で繊細な音色があり、モダンピアノは知的合理的な力強い響きがあり、それぞれに楽器の女王といわれるだけの魅力がある。ブラームスの変奏曲もその演奏者の技巧の巧みさが華やかに表現される曲のようで、聴衆はそれほど多くはなかったが、ブラボーの声が聞こえてきた。
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「台峯を歩く会」100回記念 [台峯を歩く]

今日も冷たい雨になりましたが、先の日曜日もこれ以上に冷たい雨でした。
それでも「歩く会」の100回記念日ということで、参加しました。私はそのうちの一割余りしか参加していない新参者ですけど。雨にもかかわらずいつもよりも多くの人が集りました。元会長のなだいなださんも、一時はお身体の調子が良くないとのことでしたが元気な姿を見せられました。

Mさんが100回までの経歴をざっと話されましたが、それによると始まりは30年前の1976年、それはそこに開発の兆しが起こったがきっかけで、それを阻止し、ここを残さねばという動きから始まったのでした。その後この会が発足(名称は少しずつ変わったが)、それから8年4ヶ月ほど毎月歩いてきた事になるとのこと、そしてやっと今、それが実を結んだということなのです。これは毎月欠かすことのない歩く会を支えてきたMさんたち有志たちの働きと、Kさんのように専門的な知識を持ちこの土地に深い愛情の眼差しを注いできた人たちの地道な努力があったためだと改めて感じられました。最初は、強権的な態度の市役所も最近は世の流れも変わり、市民の意見もよく聞き担当者も勉強するようになって、ずいぶん対応が変わってきたそうです。

幸いにもこの緑地(湿地帯)は残される事になりました。この時点ではやっと「基本構想」から始まっで「基本計画」までたどり着いた(後は「基本設計」の決定で工事が始まる)のですが、まだまだ問題はあり、危ういこともいろいろあるようです。でもKさんたちの交渉の努力によって、湿地帯を縦走することになっていた幹線道路が、そこに入らずに尾根筋を通るように変更されました。そのほかいろいろ、出来るだけ現状の生態系を崩さないように、またその生態系がよく維持できるように人が手を貸す形で関わっていくような形にするにはどうしたらいいか、難しいこともあるようですが。

Kさんが力説するのは、この辺りは他の緑地と違う特異性を持っているということです。
単なる里山ではなく、湿地帯であることから、原生的な緑地に戻りつつある里山だということ。湿地帯が生命の源である事は当然ですが、そのため繊細微妙な性格を持っているということです。ですからすでに整備された隣接の中央公園と同じように手を入れられては台無しです。
そのためには人が立ち入れない、生き物の聖域の確保が大切だというのです。そのためにも道も歩きやすい木道などは作って欲しくない。(実はわたしの散歩道の六国見山も、最近整備されて林は伐採され、道は拡幅された木道となり、あっけらかんとした見晴らしも良くなって明るい公園風になってしまいました)
これらの事が、これからどのように実現されていくのか、見守るためにも歩く会はこれからも歩き続けていくようです。
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民芸公演『はちどりはうたっている』を観る [北窓だより]

前作『遥かなる虹へ』で総合商社で働く女性たちのひたむきな姿を描いた新進気鋭の松田伸子の最新作、演出は渾大防一枝。今回は航空機産業を巡る話で、遠い世界のように感じたが、それは今日の世界を動かすカギでもあり、私たちの生活ともかかわりのあることなのだと考えさせられる脚本であった。
出演者もベテランの梅野康靖、水谷貞雄のほかは若手が活躍していて、若い熱気が感じられた。

舞台はカリフォルニア州サンノゼ。時は、現代あるいはごく近い未来、というのもこれは虚構として書かれたからであろう。そこで航空機を輸出入する大会社の支店に働くエリート商社マンと日本から訪れてきた婚約者(彼女も有能なキャリアウーマンだが、正社員にまだなれないでいる)を中心に展開する。
筋は長くなるので省略するが、劇作家が十分に取材をし調べ尽くして書いたものだといい、軍事産業がいかに戦争と結びついているかを教えられる。

その航空機会社の空中給油・輸送機が行方不明になっているという情報があり、しかもそれはドアの強度に問題があったのではというのであるが、実はそれを日本の民間航空会社に売り込もうという最中であり、原因がまだはっきりとはしない時点で、明らかにはされたくない。そこで上からの圧力がかかっているという状況である。これらは今安全問題などで取りざたされている今日の会社組織とも共通するものだろう。
しかし有能な商社マンである前に有能な技師でもあった主人公は、それを明らかにすべきだと思っている。そして自宅には、久しぶりに休暇をとり会いに来た婚約者が来ているというのに、正体不明の日本語も中国語も片言で話す正体不明のマレーシア人(梅野泰靖)を連れてくるのである。

アメリカの現代、近い未来ということなので、ここには9・11から後のアメリカの変化の状況が描かれる。「愛国者法」があり、「テロ防止法」が出来、言論行動の締め付けが厳しくなり、戦争反対というだけでも当局ににらまれ、職場も危うくなる。また政府の失態続きで格差もひどくなっていて、それゆえニューヨークでは、「八賢人」を中心にして大々的なパレードが行われようとしているという設定である。
種を明かせばその正体不明のマレーシア人(実は日本軍から両親を殺された中国人)、ハルと名乗る人物(また実はだが、ヒタム・クチンという詩人である)も指名手配されているその一人で、彼を匿ったのである。彼は杜甫やガルシア・マルケスを口にする。すなわち八賢人のメッセージの中心には詩人がいて詩がある。
この18日に横浜でも「輝け9条! 詩人のつどい」というのがあるが、これから何かが生じたときアメリカのようにパレードの中心に果たしてなれるだろうか、などと思った。
結局、いろいろな事があった後、婚約者もその(危険であるかもしれない)平和パレードに出かけるということで終わる。

この中の台詞で「なぜ戦争する? ベラボウ儲かる」という言葉が心に残る。今では明白なことだろうが忘れてはならないだろう。戦争といって悲惨な映像ばかりだ映しだされるが、役者が一人足りないのだと、それを受けた主人公は言う。
「愛国者たちが熱狂する演説・・・その足元でむせ返るほどの金が、一握りの、いつも同じグループに流れ込んでいく。・・・・・この戦争でいくら儲かるか、やつらは安全な高みから、血みどろの地獄絵を見下ろして、そして金を吸い上げていく。・・それがほんとうの戦争の姿なのに・・」

はちどりはハミングバード、南米の民話「ハチドリのひとしずく」のような一票でも集れば大きな力になるということから来たらしい。
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立春です [日録]

今日は立春。
まさに春は立ち上がってくるんですね。雲や霧なども立つといい、こんな場合の「立つ」は自然界の現象が上方に向って動きを示し、確実にくっきりと目に見える状態を言うのだそうですが、今年の春はとくに、きりっと立つことをせず、全くぐにゃぐにゃな感じです。
雪は、先日九州でもかなりの雪が降ったというのに、この辺はまだ初雪もありません(一度だけ微かに舞いましたけど)。鳥の水場も、昨日は凍りましたが今日は凍りませんでしたし、今年はそのほか一日だけしか凍らなかったのです。鳥たちは毎日水浴びに来ているようですが、このところ眺める時間がなく、でもこの間、ジョウビタキが訪れたのを目撃して胸を躍らせました。シジュウカラは名前どおりしじゅうやってきて、メジロも可愛いのですが、この羽に白い紋をつけた鳥に出会うと感動です。憧れのスターやタレントを一目見ようと押しかけ、ただ「見た」ということだけで感動する「追っかけ」の気持と同じなんだな、と苦笑してますけど。昔はもっといろいろな鳥が、10種類以上は来ていました。ジョウビタキ(これは渡り鳥なんです)もよく目にしましたけれど。
昔といってもウン十年前に初めて上京したのは2月でした。いわゆる先日雪も降った九州の地からでしたから、毎日が晴天つづき、南側だと一日中ぽかぽかの陽射しに満ちた日が続くことが不思議に感じられた事を思い出します。思えば遠くに来たもんだ、という感じにとらわれながら今日もまた雲一つない空を見上げています。
風は冷たく、まさに光の春です。
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