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野の花たち [台峯を歩く]

気象はまた冬に逆戻りしたような寒さ、世の中も目や耳を塞ぎたくなるような出来事ばかりで、ブログを入れる気持にはなりませんが、でも先日の日曜日は午前中だけぽっかりと穴が開いたように春の気持の良い晴天で、台峯歩きがありましたのでそれを簡単に入れておくことにします。

集った人は15人ばかりでしたが、ひとまとまりになって歩くにはちょうど良い人数でした。
案内者の話では、やはりみな10日ばかり早いそうで、桜はもう終わりごろ、八重桜がぽったりと咲いています。歩き出して間もなくの土手には春の草花が顔をそろえ、そこで観察するだけでも話題は尽きないくらいでした。のどかに咲く野の草も生存競争はきびしく、最近はここでも異変が生じているとのことで、それを先ず少しばかり記します。
先ず最近道端に爆発的に増えてるのが「ヒメオドリコ草」、これが日本古来の「ホトケノザ」を圧迫しているそうです。エーデルワイスの親戚である「ハハコグサ」も、「ウスベニチチコグサ」に押されて減っているとか。ここではハハよりチチの方が強いのでしょうか。西洋タンポポと関東(日本)タンポポについてはよく言われますが、ここにはどちらも存在していました。それと良く似ているオニタビラコは鬼と付いているくらいですからとこか猛々しい感じです。勢力争いがあるのは主としてよく似たもの同士で、ライバル関係にあるもので、誰にもなじみの「オオイヌフグリ」は、「タチイヌノフグリ」とライパル関係にあり、今押されているようです。
スミレも良くある「タチツボスミレ」だけでなくたくさんの種類があるようで、ここでは「ノジスミレ」も観察でき、またあちこちに生えている「カラスノエンドウ」も、それと良く似た、しかし花が小さい「スズメノエンドウ」というのがあることも教えられました。
葉をちぎるとキュウリの匂いがする「キュウリ草」の花は、一ミリほどの小ささですが、良く見るとその美しさや清楚さは素晴らしく、小さくても蘭に似たような花もあって、それぞれ丹念に見れば見るほど雑草の世界も深いことを知らされます。こういう土手や野っ原が昔はどこにでもありました。しかし今では整備され整頓され、だんだん少なくなっていきます。

やっとそこから離れて、第一の田んぼにたどり着きました。蛙が盛んに鳴いているのに感動です。こういう田んぼが県内でも少なくなったそうです。田んぼだけがあってもこんなに蛙はいないとのこと。田んぼを緑地に中に残す事が大切なのだそうです。なぜかということは前に書きました。田んぼの中にもキュウリグサに似たハナイバナ、キツネノボタンににたタガラシなどの草花、ここは今年も稲田になりそうですが、とにかく田んぼ作りがいかに大変かということです。米作地の大規模耕作ではなく、いわば手作りの田んぼなのですから。しかし、第二の田んぼに来た時、みな声を呑んでしまいました。ここはもう耕作放棄だけでなく辺りはすっかり様相が変わっていました。崖にはコンクリートがべたりと塗られ、辺りの木々は切り払われ、奥の建物は取り壊しの最中、コンクリートに緑のペンキを塗るつもりかな・・・など冗談まじりの苦笑です。

老人の畑と呼ばれている見晴らしの良いところでちょっと休憩、いつものようにキャンディが配られます。ここに入る少し手前の実際にお年寄りが耕作している畑には今ブロッコリーやサヤエンドウの花が咲いて、モンシロチョウが飛びまわっていました。種を取るために残した葱坊主が堂々と突っ立ていました。でもその方の歳は94歳とのこと。いつまでこの畑は残っているでしょうか。

いよいよ谷に入ります。前座に時間をかけたので、少し急ぎ足です。でも道筋の大きな樹の洞に住む日本蜜蜂の健在を確かめました。花の時期なので盛んに蜂たちの出入りが見られます。この蜂はとても小さく人に害は与えません。行く手を遮らなければ近くによっても大丈夫だといわれて、間近に寄って眺めます。巣からは蜂たちのうなり声(羽ばたき?)が聞こえてきます。ヤブニンジン、ツリカノコソウなどに挨拶しながらせせらぎを左手に、ハンゲショウがこれから見られる湿地を過ぎます。ウラシマ草の花が咲いていました。これは私の庭にもあるのですが花が咲きません。気持ちのいい花ではありませんが、浦島太郎の釣り糸のようなものを出すので珍しいのです。
辺りをちいさな昆虫が飛んでいました。ホバリングして、どこに飛ぶか分らないようにボーとしていて、ふっとどこかに飛んでいく、ちょうど僕たちみたいだ・・・と案内者がいうそれはビロウドツリアブだということでした。簡単にといいながら長くなってしまいましたのでこの辺で止めますが、最後に一つ。
出口のところのヨシの原の上に枯れ草が毛布でもかぶせたように覆っているのが見られました。それはカナムグラといって、成長が早く蔓延り、そんな風に他の植物の上に覆いかぶさって絶やしてしまう。今その新芽が出てきているといって、どんな草もめったに採ろうとしない人ですが、それだけは植物の天敵だといって抜き取っていました。
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木下順二追悼公演『沖縄』を観る [北窓だより]

ブログにもすっかりご無沙汰していました。
先日、民藝の『沖縄』を観ました。
東京裁判を扱った『審判ー神と人とのあいだ』と同様、亡くなった木下順二さんの作品ですが、これもまた日本人、というより本土人である私たちにとっては重たい問題を突きつけられるものとなっています。

日本の今の平和と経済発展は、この沖縄の犠牲というか、人身御供のような存在によって成り立っているということを、つくづく考えさせられる劇となっており、自ずと口が重くなってしまうのです。
この作品は、沖縄について調べられるだけ調べ上げた末、自分の観念で書いたということですが、観念劇という領域を超えた象徴性を持った、ギリシャの古典劇を思わせるものを持っていると私には思われました。
この劇作法は、有名な『夕鶴』や、平家の滅亡を描いた『子午線の祀り』などにも通じるもので、そこには幻想と現実が交差し織りなしていく、リアリズムを超えた舞台が展開していきます。
舞台は60年代の沖縄のある小島、本土復帰がなされていない時代です。主人公は、過酷な戦争体験を持つ、その島に本土から帰島したばかりの元教員の波平秀(日色ともゑ)、その沖縄のユタの系譜を思わせるその女性を軸にして、政治問題や米軍につくか本土の資本につくかの男たちの勢力争いなどが展開し、ただ一人の本土人、ヤマトンチューとして登場するのが元日本軍の兵士(杉本孝次)である。この日本兵に本土人の贖罪意識やまた狡猾さ卑小さを象徴させているところがあるけれども、結末はここには書かないが劇的な場面で幕が下りる。これも古典劇の作法を思わせる。

こういう能舞台を思わせるお芝居は、昼食後の午睡の時間にあたるとついうとうとしてしまうのだが、沖縄の深い森の場面となり、そこで繰り広げられる祀り、仮面をかぶった「男神」と「女神」と太鼓をたたいて歌い踊る群衆が出てくると俄然目が覚めた。夜中の12時に行われるノロの儀式など、そしてその儀式で次のツカサに選ばれようとする(と工作される)秀、それゆえに悲劇が起こるのだが、それがちょうどカタルシスのように、神話的な世界へと導かれる感じがする。洞窟の中から(このようなところから女たちは身を投げたのであろう)空を望むという舞台装置もあって。この結末は沖縄の、ひいては日本の未来のどんな展望を暗示しているのだろうか。
ここではただ沖縄を犠牲者だという立場だけを強調しているのではない。むしろ沖縄自身の問題として、「昇る太陽は拝む。が、沈む太陽は拝まぬ」や「ものくれる人、わがご主人」といった意識などをも、課題として突きつけているのである。

最近では教科書の沖縄戦での記述が書き直させられる動きがあった。また、昨日は憲法改正の国民投票法案が国会で成立した。民芸は少々真面目で面白みや娯楽性に欠けるところがあるけれども、「ドラマトゥルギーとは思想である」という木下さんの言葉を、一つのバックボーンとして持っている民芸は今の世の中、必要な存在ではないかと思った。
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