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朝顔と蟷螂 [日録]

今日はやっと曇り空になり残暑が和らいだ。昨日は大阪など36度を越える記録的に遅い残暑だという事だったが。
団十郎の朝顔も、咲き急ごうとしたのか14輪も咲きそろった。たった二本の蔓からだが。今年最高の花数である。
実は昨夕、その蔓上にカマキリがいるのを発見。青蛙のいた少し上である。お腹がはちきれんばかりに膨らんでいる。これも葉っぱと全く同じ色で、動かなければ見逃すところだった。ちょっと脅かしてみると鎌を振り上げ、三角形の顔をむける。そのままにしていたのだが、今朝雨戸を開けたとき、そこにまだいたのである。最初は彼女の姿は眼に入らず、おかしなものが蔓についているのが先ず眼についた。親指の第一関節までぐらいの大きさの、繭でくるまれたようなもの、その少し下には昨日のカマキリがまだいた。もちろんお腹はスマートになっていた。そして、これも青くて小さいバッタのようなものを腕に抱え、むしゃむしゃと頭から食べているではないか。いかにも無事産卵を終えて、お腹が空いたとでもいう風に・・・。またちょっと、ちょっかいを掛けて見ると、三角の顔を振り向けてまさに睨む感じ。餌はしっかと掴んで離さない。そのままにしていて、次に見たときはもう食事は完了。ご本人はまだそのままであった。よほどこの朝顔の館は、小さな生き物たちには快適のようである。

この小さな庭はあまり手入れをしないので草類がはびこり、まさに秋の野の風情、今は秋海棠、ホトトギス、水引草、藪蘭、蓼類などがそれぞれ花をつけて色を添えている。それらを見下ろす朝顔の棚は高台のようなものかもしれない。
これを書くころ、もうカマキリの姿は無かった。彼女の生みつけた卵だけがある。運がよければそこからすでにカマキリの姿をした糸くずのように小さなものたちが、沢山生まれてくるのが目撃できるだろう。

残暑の中の秋 [台峯を歩く]

暫く振りに「台峯を歩く会」に出かける。連休の真ん中、30度を越える暑さになると言われる残暑なので、参加者は14名だった。
でも少ないだけまとまりよく、ゆっくりと路傍の草花も観察しながら歩く事が出来た。今夏草がたちまち生い茂る季節なので、道を隠す草や藪を刈り取らねば歩けなくなってしまう小道である。

今回の目玉を先ず紹介すると、田んぼが黄金に染まっていたということ。第1の田んぼは、まだ葉は青いが実った穂を垂れていた。倒れ伏していた部分があるが、それは先日の台風9号のせい。しかしこのくらいならば大丈夫だろうという。山陰の第2の田んぼもさっきのより黄金色は薄いが、ちゃんと実っていた。実って重い稲穂を手に取りながら、無事な刈り取りを祈る。
「今年最後のシオカラだ」、と案内のKさんが言う。トンボが一匹よぎったから・・・。シオカラが見えなくなってから、赤とんぼ(アキアカネ)が姿を見せ始めるのである。その交替の時期が今頃である。

次は、危機に直面していたニホンミツバチのこと。いつものように谷戸に至る危なかしい斜面の中ほどにある木の洞に棲みつづけている彼らが、なぜか洞の周りに群れていた。大きなスズメバチが、巣を襲おうとしていたのである。大きさでいえば半分以下、黄色い部分もほとんどなくミツバチらしくもない地味なニホンミツバチ。黄色い縞々をもつ敵はその時は2匹のようであった。それを集団で追い払おうとしているようである。
実はほんの少し前にTVで、巣を乗っ取るスズメバチの様子を見たばかりだった。大きさで言えば敵わないが、集団であたれば排除できる。それは互いの体温に違いにより、スズメの方は40度になれば活動できなくなるが、ニホンの方はもっと高い温度を持つ。だから集団で取り囲み、その熱で蒸し殺しにするのだそうである。他にも見た人がいて、きっと彼らは無事に巣を守りきるだろうといいながら通り過ぎた。

もう一つはナンバンギセルが見られたこと。煙管の姿をした不思議な花、白と少し紅がかったもの8本ほど、藪の中に咲いていた。

絞り水(すなわち湧き水)が池となったここも暑かった夏に繁殖した藻のせいか濁っていたらしいが(私は参加しなかった)今はきれいになったとのこと。せせらぎの音が気持いい。
木の花はクサギやタラノキ、この季節は道端や土手の小さな草花が、それぞれに花や実をつける頃。幼い頃それで遊んだカヤツリグサ、メヒシバ(これを傘に作ったそうだがわたしは知らなかった)、お相撲さんの名ではないがコニシキソウ、またツルボ、ミズタマソウなど名を教わり、ミズヒキソウのほかキンミズヒキソウ、猫じゃらしといわれるエノコログサにもキンエノコログサがあるといわれればその通り、少し踏み込めば未知の無限が広がってます。

しかし、出口に広がるカナムグラの海には呆然としました。どんな草も決して摘み取らないKさんもこれだけは幼い芽を見つけても排除する天敵であるのは、このようにほかの全ての植物の上に這い回り毛布のように自分の種族だけ広げ蔓延らせる、絞め殺しではない這い殺しの蔓とも言うべきものであるようです。何度か刈り取ろうとはしたそうですが、手にあまったのだと。地引網のように引っ張ってといわれて退治したのだが・・・と。これが蔓延らない前はヨシの原で、ススキに似た白い穂をそよがせていたところでした。
最後に、私はそれほど興味は無いのですが、オオカブトムシが一匹見つかったと喜んでいましたが、もしかしたら誰かが飼っていたのを離したかも知れないと、Kさんはちょっと水を注していました。

高校生の花火 [日録]

ここから400mほど離れたところに県立高校があり、今日は体育祭だった。最近は近隣のことを考えて音量も控えているようでうるさくはない。また理解や協力を請う気持からプログラムやチラシなども配ったりしているが、まだ見に行ったことはない。この家よりも後で建った学校で、歴史は浅い。
そこで後夜祭の打ち上げとして、何年か前から本物の花火を打ち上げるようになった。
今夜も、ちょうど夕食時、突然大きな音がしたので驚かされたが、花火であることを思い出した。
慌ててカーテンをあけて見る。北側の窓から大きく眺められるのである。最初の頃はいかにも手製花火の実験という感じであったが、昨年ぐらいからなかなか本格的になってきたな、と思わせるところが出てきた。薬玉のように大きく広がりそれが柳のように垂れる尺玉や、あちこちに小さく連続して打ち上げる花火の色合いも新しい色があったりして、ほんの15分足らずであるけれど、結構楽しめるのである。
学校は丘の中腹にあるので、町の多くから眺められると、チラシには宣伝してあった。花火はよほど注意しないと危ないし、又職人技なので技の習得や準備も必要だろう。頼もしいなと思ったりしている。
それが終わったと思っていると、まだ花火らしい物音がする。おかしいなと覗いてみると、それは遠くの方で花火が打ち上げられているのであった。もう花火の時期ではないし・・・・野球場か何かだろうか?
玄人の花火と素人である高校生、若者の花火を、同時に見た夜であった。

朝顔と青蛙 [日録]

雨がちになり、やっと秋の気配がただよいはじめました。
今年はほんとうに猛暑の長丁場でした。蛇でもぐんにゃりと伸びてしまいそうな。

水野さんから頂いた朝顔の苗2本が、この庭は日当たりが良くないので最初は発育が遅れていたものの、ちゃんと蔓を伸ばし、あわてて立てた竹を伝わって軒近くまで這い登り花を咲かせています。
団十郎という品種で、色はご推察どおり海老茶色、葉っぱは地模様のある面白いもので、毎朝咲く花の数を数えて楽しみしているのですが、昨日の朝、雨戸をあけた時、葉の上に小さな青蛙がいるのを見つけました。
日当たりが良くないといっても南側の一番日当たりがいいところ、ちょうど目の前の蔓の上に体長2センチほどの青蛙が眠そうに半眼あけて坐っていました。青蛙を見るとつい思い出してしまう 〈青蛙おのれもペンキ塗りたてか (芥川龍之介)〉の句ですが、ほんとうによく見ないと判別できないほど、いきいきとした葉っぱ色。

それぞれの鉢に3本立ててぐるぐる巻きつけるやり方に失敗したので、それぞれの長い一本にどんどん這い上がってきたのを互いに交差させたりしていましたが、その平行になったところの、蔓本体と葉と蕾の三角地帯に、小さな身体を乗せていたのです。柔らかな喉がひくひく動いているのがわかり、目の前に人の顔があり、間近に寄せても恐れません。半眼の眼が少し細くなるのは、又眠りにはいろうとするのでしょうか。
どこからやってきたのだろう。そしてなぜこんな朝顔の蔓の上のほうにまで・・・・? わざわざこの細い蔓を上ってきたのだろうか? 小さな小さな青蛙、蚊でも食べようとするのだろうか。

その日出かけて帰ってきた時も、まだ同じ状態でそこにいました。夕方になり雨戸を閉めようとするまで・・・・。
その時は黒い小さな眼をパッチリ開けて、少し位置は変わっていましたが、そのうちに葉の真ん中にぴょんと乗りました。それでも滑り落ちる事はないほどに軽いのでした。そのままでいることを願いながら、しかい暫くして見るともう姿は消えていました。
ぴょんと下の草むらに飛び降り、どこかへ行ってしまったようです。

かつて道端に青蛙がいたので、少しだけ滞在してもらおうと、捕らえて持ち帰り、大きな水盤風鉢に入れ、きちんと蓋をしていたつもりなのに、朝になるともうどこにも姿かたちはありませんでした。あの体で重たい蓋を持ち上げたとは考えられません。蛙はどこか妖術使いめいたところがあります。

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