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台峯歩き(洞門山のこと。テニスコートの件も) [台峯を歩く]

今年初めての台峯歩きです。

集合場所への途中、例の洞門山破壊の立て札が黄色の紙になっていた。さては・・・・
と近づいてみると、反対の陳情が市議会で採択され、工事はいったん中断ということになったという経過報告。その噂は暫く前から流れていたのですが・・・まさに朗報です!

またこれは「歩く会」で聞いたことですが、ここでも書きました、台峯に隣接した地を宅地化にするに当って、鳥の渡りに重要な崖と谷を含む緑地を崩してテニスコートにする(更地にしてマンションか何かにするつもり)という計画も、いったん許可が下りましたが(これは明らかに当局のミスがあった)これも市が買い取るという形で保全が出来そうだという事です。これにも安堵。

洞門山については、工事は中止という事になりそうですが、それを全て市が買い取るのは費用上難しい。(とにかくこういう所はあちこちあるわけで)、協力したPTAの人たちを中心にしたトラスト運動を立ち上げ、市民から資金を集めるということになりそうだとのことです。

さて、今日の歩く会は参加者が少なく、14人でした。半数近くが初めての人。
今は見る花もなく、冬枯れで、しかしこういうときが鳥を見るのに一番適していて、しかも人数が少ないのが幸いと、案内をするKさんは満足そう。ほんとう探鳥は4〜5人がいいのだーと。このくらいだと鳥を警戒させたり驚かせたりしないからだそうです。
でもこの時期は、秋の名残もなく、春の兆しもない、一番冬らしい谷戸だそうです。それを十分味わってくださいとのこと。昨日の道の整備ではノスリ(ワシタカ科)やルリビタキが見られたと、期待させられます。

今回は、冬でも緑色をした元気なシダを集中的に観察して、その違いが分るようにということでした。
この地はシダが確かに多く、私の家の狭い庭にもいつの間にかたくさん生息しているのです。渡されたカラー写真の資料(実際ここで撮影されたもの)を見ながら、いろいろなシダを手で触ったり眺めたりして観察して歩きました。よく見られるベニシダとよく似たイタチシダの違い。ホシダとミゾシダの違い。まさに茎が猪のようなイノデ、紅い色をしたホラシダ、大型のコモチシダ、ヤブソテツの仲間など。また忘れるでしょうが、ここでは覚えました。

目撃できた鳥を挙げます。
先ず、コジュケイ。これは台峯への途中の住宅地で若鳥らしくて数羽が見られました。
梢を飛び交うシメやアカハラ、アオジなど、シベリアから渡ってきたというカシラダカも見えたのですが、私は鳥影をとらえるのが下手で、沼地に下りて餌をついばんでいる姿などのほかはあまり捉えることが出来ません。台峯のハンノキの沼でルリビタキも、これはやっと姿を捉えることが出来て満足。このルリビタキ、ルリ色があまり濃くないのはまだ2年くらいで若いからだとのこと。アオジは、ここの庭でも時々会えていたるのですが、いつも地面を跳んでいて、人をあまり恐れません。でも最近はやはり出くわす事はなくなったなあ。
昨年末から日本海側が大雪となったために、シベリアの方からやってきた冬鳥がそこからも押し出された形で、この辺に今やってきているのだそうで、鳥一羽でも大きく地球規模の気象と連動している事が分ります。このようにルリビタキやカシラダカがたくさん目撃できたのも、これまでにないとのことでした。
ノスリ゙は、さすがに見られませんでした。

温泉文化という事 [北窓だより]

温泉から帰った翌日の日曜日、正午のニュースが終ってから始まる、NHKのFM「トーキング・ウイズ・松尾堂」を聴いていた時の事である。この時間は長い間「日曜喫茶室」が放送されていて、昼ごはんの流れでよく聴いていたが、それが最終日曜日だけとなって、後はこれにリニューアルされた。たぶん若返りのためだろうけれど、内容は同じようで、オーナーや主人が最近話題になった人や本を出版した著者、いろんな分野の人をお客に迎えて話を引き出すという趣向なので面白い。
先には喫茶室だったが、松尾堂は本屋という設定になっている。

この日の二人の客の一人が山崎まゆみというエッセイストであった。温泉ルポルタージュというか温泉エッセイスト、日本各地のみならず外国の温泉まで訪ね巡っている人らしかった。彼女によるとやはり日本人は温泉好きで、日本の温泉はその数も多いが楽しみ方も独特で、世界に冠たるものらしい。
話題の本は『だから混浴はやめられない』という新書版で、混浴の温泉を訪ね歩いてのルポということ。そのほかにも温泉に関した著書も幾つか著しているようである。混浴を妙な好奇心からでなく、それを一つの文化としてとらえたもので、不思議にも読者はいわゆる「おじさん」達ではなく女性が多いのだという。
温泉は元々混浴が多く、それが野蛮、風紀の乱れというふうに捉えられたのは明治以後の近代化によるものだった。また西洋の医療や健康のためといった合理的な温泉利用と日本のそれとは違っていて、そのことも最近では西欧でも注目されているようである。
この温泉談義をここに書いたのは、著者の山崎さんが温泉に関心、興味を持ったそもそもの動機について語った時、T温泉の名が出て来たからである。
実は彼女の両親になかなか子どもに恵まれず悩んでいた時、子宝の温泉として有名な近くの温泉に行って、(と聴いた時、出生の地が長岡という事なので、もしやと思っていたらそうだった)逗留したら自分が生まれたと聞かされて育ったと言う事だった。そしてその温泉は36度〜7度ぐらいの長く入れる温泉だった、ということからますますそうだと確信した時、その名前が出た。
T温泉、すなわち栃尾又温泉は古い歴史を持つ温泉で、およそ1200年前、行基によって発見開湯されたと伝えられる有数のラジウム温泉で、湯治場として利用されるようになったのも400年前、子宝の湯として知られ、宿の隣には薬師堂があり、たくさんの絵馬やキューピーが飾られている。テレビにも放映された事もある。私たち常連にはもう子宝には関係ないが、その効能については、そのほかいろいろあるのである。
人肌程度なので、長く入ることが出来るのがいい。今回も、今日は8時間も入ったという声が聞こえてきたりした。毎日10時間ぐらい入って、ここで湯治しつづけたら糖尿病が治ったとか言う人もいて、また傷にも効くので、交通事故の後療養に来たりもするそうだ。
ここも最初の頃は、元湯に近いところでは混浴であった。それで私たちは入れずに旅館内の内湯に入っていたのだった。そんな事を思いながらラジオを聞いていたのだが、今や女一人、国内外の混浴の温泉を巡り歩く人も出て来たということで、楽しくなってしまった。各地でそれが復活もしているようだ。そしてそれを堂々と楽しむ若い女性も出てきているようだ。といって私自身はまだ混浴に入る勇気はもてないでいる。

露天風呂は、今でこそ男女別にしたり時間制にして別にしているが、そもそも区別不可能な状態である。
そもそもそれは自然の中に融合するような形であるから、そこには猿でさえ入ってきて良いわけであり、傷ついた鹿であってもいい、人間も動物も、また男女という関係でも妙な意識は取り払われていいわけである。

温泉の効能は、身体だけでなく精神的な効能も大きいだろう。こういう温泉の効能、楽しみ方は今西洋でも注目されていて、それに模した温泉地の開発も始まり、今年はフランスで「雪国と温泉」というテーマのシンポジウム(?)のようなものが開かれるという。もちろんこれは川端康成の小説と関連させてという事らしいけれど。
まさに裸と裸のコミュニケーション、自然との一体感、日本的なのであろうけれど、中東のハマス軍とイスラエル軍の兵隊とを同じ温泉に浸からせれば、戦争などしたくなくなるのではないかと思うのであった。

雪に降り込められた三が日(T温泉行き) [北窓だより]

明けましておめでとうございます。
世に中は急激に厳しくなり、多難な時代に入っていくようですが、何とか良い方向へと向うようにと祈りつつ、今年もよろしくお願いします。

今年も例年どおり大晦日からT温泉に来て、雪国の元日を迎え、3日に帰ります。
この地でお正月を迎えるのは24年目、歳月の速さに感無量です。これまで温泉地もまた宿泊する私たち自身とそのメンバーもいろいろ推移、変化がありましたが、いまのところどちらも落ち着いた形になっています。即ち参加メンバーも昨年と同じ常連の8人、宿も交通事情も変りなく、昨年とほぼ同じ状況となりました。無事帰ってきました。
昨年と違うのは、お餅つきが恒例の2日となり(昨年は集中的に降った大雪のため、男衆の手が足りなくなって3日に変更され、私たちはその恩恵に与らなかった)、その雰囲気と振舞いを楽しむことが出来て満足でした。この搗き立ての餅は格別です。最初から最後まで水で返すという事をほとんどせずに搗きあげるので、粘りがありしかも柔らかい。振り上げた杵の先から臼まで、ガムのように伸びるのです。年季の入った男の人でなければ出来ません。2臼搗かれます。もっと搗くこともあるようです。餡子や辛味醤油、大根おろしや納豆、野沢漬けが用意され、土地の清酒「緑川」もサービスです。私は最初は餡子を、次は辛味醤油に大根おろしで頂きました。黄粉は今年はなかったようです。

滞在中一日くらいは晴天になるのですが、今年は雪が絶え間なく降り続きました。しかし年末の雪は気温が高かったようでべたつき、駅の近くでの雪の壁はあまり見られませんでした。それでも降り続く雪に温泉近くでは雪の壁が日に日に高くなり、車は埋もれていきます。やみそうもない雪の中、2日は例年のように川下の大湯まで散策しました。雪体験です。雪は小止みになったり降りしきったり、激しく降る時は眼前の風景も紗の幕に閉ざされて、見えなくなってしまうくらい。雪山での遭難、雪の恐さがほんの少ししのばれます。

このように3日間雪が降り続いているこの地にいると、一方太平洋側は晴天続きである事が信じられない感じがします。TVで箱根駅伝をみているだけでもその違いをはっきり知らされるのですが・・・
雪が降り止まぬ中を3日、駅まで送られて新幹線に乗り込み、長い長いトンネルをくぐって、外に出るとそこはもう雲さえ見当たらないからっとした青空で、太陽が輝いている。ほんとうにそれまでが夢であったのでは思えるほど。またはどこか外国に行ってきたのではないかと思えるほど。
日に日に速くなるスピード、狭くなる地球、こういうことは年々多くなっていくのでしょう。
3日間の内容はこれまでも書いてきましたし、変り映えしないので省略しますが、帰ってから面白い事があったのでそれを書こうと思いましたが、少々長くなりましたので稿をあらためます。では今日はこれまで。

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