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「洞門山」保全決定の最終報告 [北窓だより]

横須賀線の電車が北鎌倉駅に滑り込む寸前の左手にある緑地、鎌倉の玄関口ともいえる通称「洞門山」。
ここが大きく宅地開発されることになって、それへの市民の反対運動が生じた時、そこを通過するものの一人として最初のうち開発業者の説明会にも出たり署名も集めたりしたことから、ここにも書きましたし、またその後ほぼ全面的に残されることに決まったということも、確か書いたと思いますが、今年3月はっきり決定したようなので、ここに最終的な報告をさせていただきます。

宅地開発計画が明らかになったのは、08年3月。その後さまざまな経過を経て、最終的に市が宅地開発業者から約1億9千万で取得したとのこと、またそれを受け保全活動を行ってきた市民団体「守る会」が集めた募金や「宇崎竜堂のチャリティーコンサート」(これについてもここに載せました)の収益金などと合わせ257万円を、この9月に「市緑地保全基金」として寄付したとのこと。
そして今後、「守る会」は行政による洞門山の安全対策を見届けたうえで解散する予定、ということです。一応、めでたしめでたしです。    以上最終ご報告まで。
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お天気定まらぬ日の台峯歩き [台峯を歩く]

居座る太平洋高気圧、沖縄には大型台風接近、不穏な世界を反映したかのようにお天気も不安定で過激、そんな切れ端を少しだけ浴びたような台峯歩きでした。

予報では処によってにわか雨も、と言っていましたが、朝は薄い雲はありながら晴天でほっとしていましたら、集合場所に着く前にもう雨が降り始めました。まさににわか雨、着くころはもう上がっていたのです。
K さんは鎌倉に住んでいるのですが、トンネルを抜けると…、こちらは雨なので驚きました、とのこと。こちらの北とはそれほどの違いがあるとのことです。トンネル(鎌倉山)を境にして海沿いと山沿い、植物にも昆虫にも違いがあり、そして人の気質にも違いがみられるようだという話を面白く聴く。今日は初参加者も4~5人いて、20数人。薄日も射す中歩き出しました。
第一の田んぼはまだ青い葉ながら黄金色の穂を垂れ、第2の田んぼは陰のため少し遅れていたのですがやはり実りの穂をつけていました。まだ赤トンボは山から下りて来ずシオカラトンボ、オオシオカラトンボが数匹残っている。昔皮から繊維をとったカラムシ、小さなイチジクの実に似ていてもイヌビワ、これは黒く熟すと食べられるという、白萩、撫でると葉が猫の毛のような感触のネコ萩、南天萩。また昆虫では一文字蝶、セセリ蝶(蝶ではないような羽をもつ)、ハラナガ蜂(土の中に巣を作る)などを目撃。また何とか残された崖では特徴的な3種のシダ゙、子持ちシダ、穂シダ、ホラ(洞)シノブ(これは紅葉する)などを初参加の人に教えながらいわゆる「老人の畑」といういつもの見晴らしの良い休憩場所に着きました。今日はいろいろ話も弾んで(これがこの会の良いところで、あることに関連していろいろな薀蓄がKさんの中から引き出されてくるからでしょう)ここに来るまでに11時過ぎになっていました。空には薄い雲が広がり風も吹いてきて、これまでの蒸し暑さが和らぐ感じでした。ところがこれが前兆でした。間もなくぽつぽつと雨粒です。実はこれからが本番の谷戸歩きなのです。
各自持参の傘を開いての谷歩きとなりました。最初はそれほどではなかったのですが、途中から激しくなりました。木の多いところで暫らく雨宿りをしてという考えも出ましたが、そのまま歩き続けることになりました。ここからの道中では観察は出来ず、ただ滑らないように、足元を気遣いながら歩いていきました。それでもキンミズヒキ草の美しさなどを道端に感じとりながら…。
解散場所にたどり着いたころ、雨はほとんど止んでいました。もう少し早く老人の畑を出ていれば、谷戸歩きの時激しい雨に合わなかったかもしれませんが、その前にのんびりといろいろな説明を聞きながら歩いたことで、初参加の人がとても面白かったと言っていたので却ってよかったのかもしれず、何とも言えませんが、とにかく予測が難しい山歩きの例を教えてくれた今日の歩く会でした。

家に帰り着くころにはもう陽がさしていました。窓から見ると遠い北の空には雄大な入道雲…。ここから眺めていると白く輝く美しい雲も、その下ではきっと急に暗くなって雨になっているのだろう…などと思うのでした。
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「レクイエム」を聴きに行く。 [北窓だより]

年下のTさんが属している混声合唱団コール・ミレニアムが 第10回記念演奏会として、東京芸術劇場で行う、ブラームスの「ドイツ・レクイエム」を聴きに行った。一昨日(9月8日)の事である。
劇場もリニューアルされたばかりのオープニング週間、その改装なったばかりの大ホールでの演奏会である。
共演はフィルハーモニックアンサンブル管弦楽団(指揮:黒岩英臣)、独唱:佐々木典子 大島郁郎)特別出演としてハープとオルガンが加わっている。
  第一部は、管弦楽団による モーツアルト晩年の3大交響曲の一つ第39番(変ホ長調)。  
第2部が、ヨハネス・ブラームス「ドイツ・レクイエム」 作品45であった。

Tさんはこの他コール、フリーデなどにも属していて、主としてレクイエムを長年歌っている。

最近は大震災などもあってレクイエムを歌う人も多くなったということだが、この合唱団も演奏会がその翌日の3月12日に予定されていたが、それでも東北の人々に対しての祈りを届けようと、あえて開催しレクイエムを歌ったらしい。

今回のレクイエム 《ドイツ・レクイエム》は、いわゆる教会における死者のためのミサ曲であるレクイエムとは性格が違っていて、普通ラテン語で歌われる歌詞をブラームスは、ドイツ語の聖書から引用し、合唱が盛んであった当時の一般市民が親しみやすい演奏会用のレクイエムを、10年がかりで完成した曲だという。
しかもこれを作曲した契機は、恩師であるシューマンの死、彼自身の母親の死であり、そのため内容は残されたものへの慰めと癒しがテーマになっている。そのため不信心者に対する脅し(と私には感じられる)「怒りの日」の部分があったり、その後の天国行きを奨励する(同前)歓喜の歌があったりするのではなく、全編に悲しみが漂い、しかしその中でも微かな喜びが混じりこみハープやオルガンによって神秘的な境地、慰めへと導かれるといったような構成になっているようだった。
挨拶の中にも、これは「死の悲しみを歌い、愛するものを神のみもとに送り、悲しんでいる人々に慰めが与えられるよう願った作品」であり、いまだ心癒えぬ東北の方々に、心を込めて送りたいと思います。」と書かれてあった。

実はKさん自身も長年共に暮らした相棒を失って間もない時期の練習の日々であった。これを練習し歌うことで、悲しみに浸り、また慰められ救われたようだと語っている。
歌が持つ力を感じた。 
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