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平家蛍を見に行く [台峯を歩く]

先のブログに蛍観察会について書きましたが、その時はゲンジボタルで今回はヘイケボタルです。
この2種は時期をずらして現われてくるのですね。昆虫の世界では、源氏と平家は争わずに共生を図っているのです。ゲンジのほうが体は大きく、光も強く、ヘイケは小さく、光も弱いのですが…。
それで大抵はゲンジホタルを見てもう満足して、次のヘイケを見に行かないことが多いのですが、今年は出かけました。
参加者はやはり前回と比べて少なく、15、、6人ほど、小さい子どもも2人加わっていました。そして暗くて滑りやすい森の細道をぐずりもしないで最後まで歩き通したのは、いつもながら感心させられます。

さて肝心の蛍ですが、このところ梅雨が消滅したような晴天続きのためか、その数は少なかったようです。それでも120~130はいるようだとのことでした。これは雨がほとんど降らなかったので湿地が乾いてしまったせいのようで、そのため谷戸の全体にではなく、3カ所ぐらいにまとまった感じで、結局谷戸の奥まではいかず、途中で引き返して入口に近い場所で観察しました。
それでも数が少ないのを自覚したように、ただじっとして光るだけではなく動きが活発で、ふわふわと宙に舞い上がったり、すーと飛行したり、こちらにも飛んで近づいてきて、手を差し伸べた私の掌や袖口に3匹(頭)も止まってくれたのには感動です。小さいせいもありますが、全く虫が止まった言う感じが少しもなく、全く光る露を手にしたようで、それもまたすうーと離れていってしまうのでした。
ほんの1時間足らずの蛍の宴、先のゲンジボタルの時ほどの数ではありませんでしたが、私と同様皆も満足したようでした。
出る数は気象状況によって変わるわけで、まだまだここの蛍は健在のようです。

この蛍をめでる感性は、日本独特のようで、西欧世界では、この光る虫はどこか不気味な、不吉なものとして受け止められていたようです。この記事は新聞の上村松園の「蛍」という画についての解説部分にあったもので、日本では、有名な「枕草子」にも夏の美しさを語る部分にまず出てくるし、松園の画も蚊帳を吊ろうとしている美人と蛍の組み合わせである。昨夜参加した幼い子どもたちも、その蛍を見たさに怖いのも我慢してついてきたのだろう。日本人の自然を友とする感性は子どもの頃から受け継がれているようだ。
光る虫、蛍は、成虫になってからの寿命は3,4日から一週間。その短い間にその生を精一杯生きる。この命のはかなさに共感するのも、やはりこの国独自の感性だろう。
ヘイケボタルもなかなかいいものだ。来年もまた参加してみようという気持ちになっている。

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